俺の名前には呪いが込められている。
口に出せばそれは周りに反射されて俺に返ってくる。
黙り込んでしまった俺を名無しは少し見つめていたが、しばらくして顔をうつむかせた。
嫌な沈黙が続くかと思ったが、そのうち何を思ったのか急に桟橋から飛び降り。
「うりゃっ」
突然俺のところにまで届くくらいの水しぶきを上げて何かを捕まえた。
あまりに予期していない出来事に半ば口を開けたまま固まっていたが、普段縛っているはずの服の裾を濡らした名無しは俺とは逆に満面の笑みでまた桟橋に上がってきた。
何だ、どうしたと声の出るままに聞くと、カニがいたよとすっとんきょうなことを言い出した。
カニ?
理解できていない俺の手のひらを取って、今しがた捕獲に成功したらしい小さな赤いカニを乗せた。
何度も川で魚を採ったがカニは初めてだ。
いやそういうことではない。
「似てるからあげる」
「…まさか、俺にか」
「他に誰がいるの?」
似て、ねえだろ。
百歩譲って似てたとしても、今捕まえに行くことじゃねえだろ。
そこまで考えて、ああこいつはただ黙り込んだ俺をどうにかしたかっただけなんじゃねえかと気づいた。
馬鹿か、と呟くのと同時に口の端がどうしてもゆがむのを感じた。
名無しに初めて笑ったねと指摘されて、これが笑うということなんだと知った。
「…ザンザスだ」
「え?」
「俺の名前だ。ザンザス」
呪われた名前。
昔からずっと母親に吹き込まれてきた、俺のすべてをあらわすアルファベットの羅列。
顔も知らない九代目とやらの子供であることを教えるためだけの。
ただそれだけの。
それでもいいと思っていた。
俺に十代目の夢を乗せるときだけ母親は俺を抱きしめてくれたから。
「ザンザス?」
「ああ」
母親以外にこの名前を呼ぶやつは初めてだ。
意味は到底、伝わるはずもないが。
それでも。
「いい名前だね」
そいつだけはそう言った。
聞きなれない名前、からかいの対象になることがほとんどだった。
由来を聞かれて九代目の存在を教えても、鼻で笑われるのが落ちだった。
「…何で」
「?」
「何で、そう思う」
思わず尋ねると、名無しはすぐに答えた。
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bkm