「いたた…ベル兄ー、大丈夫ー?」
「……おう」
あちこちに走る鈍い痛みを感じながらも何とか体を起こすと、案外近いところからベル兄は答えた。
ふと横を見ると私と同じように体をさすりながら起きている。
どこで止まったのか辺りを見渡すと、んん?と目を凝らしてしまった。
ここは、部屋の中だった。
今までいたところよりは手狭でも、調度品はしっかりしているし室内もやわらかな明かりが点いている。
ちゃんとした立派な誰かの部屋。
「階段を落ちたのになんで部屋に…」
「あー、ここ俺の部屋」
「ベル兄の!?」
つっても隠れ家だけど、と言いながら体の埃を払って立ち上がるベル兄。
手を貸してくれたのでついでに一緒に立つ。
「階段の踊り場の壁を改造して作ったのがあっから、そこに逃げろよって言おうとしたらタックル食らった」
「ああごめん、まさかあんな道端で会った友人みたいにナチュラルに出てこられると思わなくて……」
階段を転がり落ちた衝撃で壁に作られた回転扉をぶち破って部屋になだれ込んだ、というのが真実らしい。
そういえばさっきまでのマッチョメンSPが追ってこないことを告げると、「オレがここにいるときは何があっても入るなって言ってある」と答えてくれた。
その時点で隠れ家じゃなくなってるよ。「あれ、ってことはベル兄は私を捕まえない…?」
「あーうん。いやそう思われてても不思議じゃねーんだけどさ、無理あんだろ王妃の提案。
王妃の言う王族の血の入れ方されたら一回死んだオレでもさすがに死ぬから」
何て説得力だ!妙に生々しいけどすごく安心したよベル兄、ありがとうベル兄。
向こうに隙ができるまでここにいれば良いと言う提案にのらせていただいて、とりあえず打開策が見つかるまでベル兄の隠れ家(周りに知られ済み)のソファで待たせてもらうことにした。
「……お母様っていつもあんなに元気なの?」
「王妃は常に品行方正でおしとやかに振舞われています」
「だけど本音は?」
「ずっとあんな感じ」
さらっと言える辺りが真実くさいな…。
「昔から行き過ぎてた感はあったけど、王が死んだことで行き着いた感じだな。
んでベルもヴァリアー入るっつって城出たし、子どもがいなくなったんで昔からあった娘欲があんなことになった」
「子どもはベル兄がいたんじゃないの?」
「あー俺は王が死んだ時点で王子から次期王になってっからさ、一応お妃の息子扱いはされなくなるっつーか」
へえ、とこの国の王室の仕組みを理解したとき、ふと頭の中で何かが繋がった。
多分それは妙な違和感のはしっこ同士だと思う。
ティータイムの間、お妃は一度もベル兄の話をしなかった。
ベル兄の名前を呼んだことはなかった。
二人の名前を呼ぶ時はいつもベルの名前を先に読んだ。
ベル兄の笑顔が、嘘くさかった。
きっとこういう背景からなんだろう。
「子どもは子どもなのに」
「まあしょうがないんじゃね。
先に生まれたし。」
「でもベル兄寂しそうな顔してるよ」
「うしし、気のせい」
そう言ってにーっと笑うベル兄。
前に会った時もヘリでさらわれた時もそんな笑顔を見せたから、割り切っているんだとずっと思っていた。
違うのかもしれない。
良く似ているんだけど、少し違う、割り切っているんじゃなくて。
諦めてる。
それがあるかないかが、ベル兄とベルの大きな違いなのかなあ。
んー…と悩んでいるとき、ベル兄には私が別のことで悩んでいるように見えたらしい。
部屋にあった小さな機械で屋敷の状況を確認してくれた。
「あ…SPの数めっちゃ増えてる」
「はい!?」
トランシーバーにも見える機械の画面には屋敷内の地図のような絵が映り、その上にくまなく赤い四角が散らばっていた。
これのすべてがあのマッチョSPだという。
「名無しがいい加減見つかんねーから王妃が躍起になってんだろ。」
「……次期王の権限でSP排除とかは?」
「無理無理。
生きてる限りは王妃のほうが権威あっから」
「うう…ここから出ないと助けも呼べない……」
今にも負のオーラに取り巻かれそうな私へ、んー、とベル兄が首をひねりながら。
「……で、今さらなんだけど」
「うん」
「携帯持ってねえの?」
即座に自分のポケットを叩かん勢いで確認した。
「……ベル兄」
「何」
「私のこと思いっきり笑っていいよ」
「…あったわけだ。いや別に笑いはしねーけど」
「私何でヴァリア―にいるんだ……」
相当落ち込みながらとりあえず事情を説明しても大丈夫そうなスクアーロに電話をかけてみた。
結構早く繋がりはしたけど、何だか妙に電波が悪い。
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