「名無しさんが良いならなりましょう!
今すぐ!」
「え、えええっとでも私王族の血とか入ってませんから…」
「大丈夫よ!血を入れ替えれば!」
…はい?
何だろう、今えらい非現実的な言葉が聞こえた気がする。
逃げようか、と一瞬防衛本能が働いたけどとりあえず避けておく。
「このお城の地下にたくさん王族の血を残してあるんです!
それを名無しさんの血と入れ替えれば大丈夫!」
よし逃げようか。残してあるって血液型何型ですかっていやそういうことじゃなくて。
あ…でも王族とかなら最新機器使えばできたりして…。
「まず首を切って血抜きしなくちゃ!」
古典的どころの話じゃない。死ぬ、確実に死ぬ。
首を切ったら死ぬし血を抜かれたら死ぬし血を入れられたら死ぬし、称して「三回死んだ女」。
あら素敵。
違う違う!
「名無しさんが妹になったらきっとベルフェゴールもよく帰ってくるようになるわ。
ねえいいでしょ?いいでしょ?」
怖いほどまっすぐな目で迫られて思い切りソファ上で後ずさると、不意に背中をがっしりと掴まれた。
へ?と間抜けな声で振り向くと。
にんまり笑ったベル兄がしっかり肩を掴んでいた。
「い…嫌だああああああ!!」
「「「はあああああ!?」」」
叫んだメンバーにスクアーロがいたせいで少しの間周囲の耳が使えなくなった。
たった今名無しがさらわれたと思われる理由を説明し終えたせいだった。
「んなっ…血を替えるってマジかぁそれ」
「多分な、王妃ずーっと女の子欲しいつってたから。
多分クソ兄貴にさらわせたんだろ」
「方法が素晴らしく古風というか……」
「それ以前の問題だね」
「あー、やっぱり?
俺も薄々無理があるかもって思ってたんだけど……」
「薄々……」
あちゃー…と椅子の上であぐらをかきながら、珍しく冷や汗を流す。
自分の血を分けた兄と生みだした母親、歯止めの利かなさは多分自分以上。
「まだ敵対マフィアに拉致された方がマシかも知れないね」
「これはさすがにあいつもやべえなぁ。
お前ら!ベルの城行くぜぇ!」
「ボスがもうヘリに乗ってるわ!」
「「「早ええええ!」」」
─────……
「早ええええ!」
ドドドドドド…
背後から滝の音に似た音を出すほど勢いのある足音が聞こえてくる。
ちらっと振り返ると、ルッスーリアが歓喜しそうな肉体を黒スーツに包んだ男の人たちが私を追ってきていた。
SPだ!SPってやつだ!
限りなく不穏な空気を感じ取ってあの豪華な部屋から逃げ出してきたのは良いんだけど、この体格にスピードが伴っている恐ろしいマッチョメンからどうやって逃げ切れば良いんだろう。
しかも地の利は完全にあっちにあるし。
1ピコグラムも私にないし。
くっ…でも私は腐っても(さっき同じこと言ってあっさりベル兄に負けたけど)ヴァリア―幹部。
どこか脱出口を探せば…窓か!
すべては外へ出るために、ななめ前にあるそれなりの大きさの窓に飛び込んだ。
「うりゃあ!」
けたたましいガラスの破壊音とともに体が外へ躍り出る。
このまま何とか体勢を整えて着地しよう、としたら。
普通にまた廊下に着地した。
「へっ?」
「馬鹿め、それはダミー窓だ!
外に出られると思わせて実はまた廊下に繋がっている!」
「そのダミーに何の意味が!?」
「逃亡者をへこませるためだ!」
「それだけ!?
いや確かにヴァリアーの名が泣きまくってるけれども!」
とりあえず親切に教えてくれたSPの人の助言を聞きながら再度廊下を走りだす。
石造りの床に足音が響いて逃げる先を否が応でも知られてしまうのが嫌だ。
行き止まりに当たればそこで終ってしまう危うい逃亡を続け、幸い走りながらも下へ続く階段を発見した。
よし、あそこから一階を目指そう!
「あ、名無しいた」
「うおおおい!?」
あと数歩走れば階段というところで目の前にベル兄が突然入ってきた。
今一瞬驚きでスクアーロになっちゃったとか言う前にとりあえず。
「ベル兄危、なっ…!」
「え、」
「いいいいいいいい!」
から避けて、と言い切る前にブレーキがかかりきらずベル兄へ体当たりした。
刹那、わずかに体が地面から浮いた感覚に陥る。
それはそうだ、だって私が飛び込んだ正面、ベル兄の背面は。
下り階段なんだから。
「あだっだだだだ!」
「てっ、いてっ!」
思いっきり階段を転がりに転がって、乾燥機に入れられた洗濯物はこんな感じなのかと案外のんきそうなことを思いつけた。
SPの人たちのベル兄への叫びが何とか聞き取れたとき、何かを突き破った感覚を受けてようやく回転が止まった。
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