「お、お兄さんに当たらない、ですか!」
「そこの腕は大丈夫ですよー。まあ、当てたらえらいことになるし…」
「ししっ確かに。さすがに一日に二回もぶっ飛びたくねーしなー」
またお兄さんに狙いを定めていた人を撃ち、倒れた人をひょいひょい飛び越えて全速力を維持する。
お姉さんの弾はお兄さんの腕の下とか首の横とかすれすれを通って敵に当たるからすごくヒヤヒヤしてしまう。
けれど後ろからこんなに撃たれてるのに、全く警戒せずに前を走り続けていられるお兄さんも凄いと思う。
強い。すごく強い。
駆け抜けた先にある屋上行きの階段を跳ぶように昇る頃には、私の服にもお姉さんの服にも幾らか血がついていた。
「この上が屋上だから、そこから屋根伝いにヘリポートまで行けば終了かな」
「最後が移動とか萎えね?」
「まあアリシア救出したら本当はさっさと一階から脱出する予定だったからね…」
結果オーライ、とお姉さんが呟きかけた時、屋上に足を踏み入れると凄い強風が吹き荒れていた。
今まではこんな風吹いていなかったのに、と顔を上げると、大きなヘリコプターがゆっくり回旋しながら降りてくる所だった。
ザザ、とお姉さんの無線機に声が届く。
『空中からサーモグラフィーで温度検知をしましたらこちらからいらっしゃるようでしたので、お迎えに上がりました』
「ちょっと操縦士さんイケメンすぎるわ」
「やべー俺女だったら惚れてる」
バリバリバリと大きな音と一緒に目の前にヘリコプターが着地した。
風に吹き飛ばされそうな私を抱えて皆でそこに乗り込む。
中の椅子は思っていたよりずっと柔らかくて、振り向いた操縦士さんと目が合うと、よく頑張りましたね、と言ってくれた。
「お疲れ様です」
「いやーありがとう操縦士さん、助かった」
「とんでも御座いません」
お兄さんとお姉さんの間に座って、ふわりとヘリコプターが浮き始めた頃、ようやく体の中の全部の力が抜けた。
お姉さんにもたれそうになったのをなんとか食い止める私を、いいよいいよと笑ってくれた。
「あ、あの、ありがとうございました…」
「どーいたしまして。何か任務でお礼言われるとか新鮮な気がする」
「そりゃな。てか俺ぶっ飛んでた記憶ねーからまだ殺りたりねーんだけど」
「カサブタ引っ掻いて血ぃ出した自分を恨みなよ」
そんな会話とヘリコプターの中の暖かい温度に、ようやく疲れ果てた体から力が抜けてきた。
くったりとお姉さんの体にもたれる。
「…あの、お兄さん、お姉さん…」
「ん?寝ちゃっていいよ、家までは届けるから」
「いえあの…お名前は、なんて…」
「あはは、知らなくていいよ。もう関わることない、っていうか関わらない方が安泰なんだけども…」
「だよなー」
一度寝ちゃって、目が覚めたらいつものお家だよ、と声で笑った。
もう一度顔をちゃんと見たいと思ったのに、疲れからの眠気は私のまぶたを下ろしに来る。
「ししっ。何、俺ら夢オチにされんの?」
「夢でいいってこんな体験、ねー操縦士さん」
「子どもには刺激が強いでしょうからね」
「そうそう。それより私ボスに五日連続夕飯だったカレーをやめさせることに成功したんだけど」
「マジ?讃えるわ」
「やりー。それでさ………」
名残惜しさと安堵だらけの私は、それでもゆっくりと飛ぶヘリコプターと会話の安穏さに、静かに静かにまぶたを閉じてこの夢を終わらせた。
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