背中にロケットがついたように凄まじい瞬発力でその場から飛び出した。
もしかしたら任務より本気出てるかもしれないとか思う以前に、左右から伸びてくる白い腕をかわすのに必死になる。
もう何も見ない、絶対何も見ない、見てやるものか決して。
『お、おい生きてんのか』
「いいい生きてるけどこっちも後ろが凄いことになってて!うおあ何か髪に触った!」
背後からの威圧感を背中にビリビリ感じながら、ようやく見えた病室の廊下の終わりへ駆け込んだ。
途端。
大きく黒い物が目の前に広がった。
「にっぎゃああああ!」
「うおおおお!?てめっこの…」
「すいませんすいません私ボヴィじゃないですから!」
「あ!?おい落ち着け!俺だ!」
ガバッと顔を引き上げられると、多少青ざめた顔のボスと目があった。
じゃあこれボスの服か!私が暗黒面に落ちたわけじゃなくて!
「うわああボスウウ!好きだー!」
「そうか、せめて別の場所で言われてえよ」
聞けばボスと私はほとんど似たような廊下を駆け抜けたらしく、二人揃って髪の毛(ボスは羽)を数回引っ張られていたらしい。
とりあえず病室前廊下を通りぬけたこの場所は、と後ろから追ってきていないか慎重になりながら壁の案内図を見た。
―1階 ホール―
「それでボス、ここで突っ立って何してたの?」
「てめぇみてえなカス部下を待ってやったんじゃねえか」
「ボス…!」
思いもよらない言葉にボスの服にガシッとしがみつき。
「…その後ろにうずくまってるお姉さんがいて先に進めないのとは無関係?」
「すいませんでした」
だろうよ。広いホールの奥、小さな扉の上には『出口』と天の助けのような文字が書かれている。
しかし、そこにはボサボサの金髪の(恐らく)お姉さんがすすり泣きながらうずくまっていた。
これを一人で通りぬけられたら確かに私たちのボスではない。
お姉さんは真っ白の服に身を包み、他のゾンビと同じように何事かを呟き続けていた。
「ぢゅうじゃ…怖い…ちゅうじゃ…」
俺はてめぇの方が怖え、というボスの小さな呟きに全面同意したところで。
「…ボス、この人ボヴィさんじゃない?」
「あ?」
「だって他の人たちみたいにボヴィさんの名前呼んでないし、女の人だし…」
「…そうかもしれねえが、こいつがそうだとしてどうすりゃ良いんだ」
確かに、この人がボヴィさんだったところで何か対処法があるわけでもない。
てかこの人注射怖がってるってことは、それが嫌で医者の所に遅刻ばっかりしてたのか。
注射が嫌でゾンビになっちゃ元も子もないだろうに。
「…よし、女同士てめぇが直談判して来い」
「はい!?女同士なのに何の関係が!?」
「てめぇも注射嫌いだろうが、同情するふりして追い払え」
「そんなんボスだって注射大嫌いじゃんよ!あれだボス、マフィアのボスの特殊技『ちょっと危ない女にモテモテ能力』を発動する時だ」
「いらねえ、ちょっとどころかレベル100で危ない女にモテモテ機能なんざいらねえ。今あの女に嫌われるならこの先モテなくても俺は良い」
「すごい決意聞いちゃったよ…」
聞かなくて良いこととか、知らなくて良いことって本当に溢れてるよね。
今の私の目の前にとか。
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