―左廊下―
「…こっちには来なかったか…」
ボスと別れて歩き出してから数分後、廊下に置かれた搬送台のかげに隠れていたけれど、私の方に医者ゾンビは追ってこなかった。
思うにさっきのナースのように、あまり一体が長く追いかけてくることはないんだろう。
…けど正直、この先一人で進める気がしない。
暗い廊下はまだかなり先まで続いているのがここからでも分かるし、左側の壁には(恐らく)患者ゾンビがいると思われる病室が延々続いてる。
「…………」
試しに近くの一室をそーっと覗きこむと、ベッドが数台室内に置いてあって。
それの全部が何かこんもりしてる。いらっしゃるわー…。
さっきまでの私の独り言が大丈夫だったってことは、大きな物音でも立てない限り起きそうにない。
…ボス、大丈夫なんだろうか。
「確かボス携帯持ってたな…」
…いや、いやいや、着信音でも鳴ったらさすがにここはアウトだろうに。
ボスの行った右廊下がどんな状況かは分からないけど。
…バイブとか、マナーモードにしてるかなボス。
マナーのマの字も知らないボスでも寝るときくらいはマナーモードにしてるだろう、電源切ってたらまあそれまでだし。
しばらく画面を眺めた後、意を決してリダイヤルボタンを押してみた。
さてどうなるか…。
ピリリリリリリリ
はいアウト―。壁一枚向こうから高らかに鳴り響いた着信音。
続いて聞こえるゾンビたちの叫び、ボスの絶叫。
ああ、少しは想像してしまった未来が今壁一枚向こうで発生している…。
『…てめぇこのカス女!』
「うおっ電話通じた。ボボボス今話しても大丈夫なの?」
『言いわけねえだろうが!後ろに何十人いると思っていやがる!』
『うぼああああああ!』
そんなにか、そんなにいたのか。
てことは走ってる最中なんだなボス、さっきから遠くで壁がガンガン殴られてるのは私への腹いせなんだなボス。
「ボスマジでごめん!」
『かっ消す!てめぇ出会ったらかっ消してやる!』
『ボヴィざあああああん!』
「ボヴィ患者達にまで大人気だな!」
ガシャン
背後でベッドから何かが落ちる音がした。
そして気づく。
やらかしてしまったことに。
かるーく顔を病室に向けた時、ベッドから落ちて這いつくばったままの姿でこちらを見ているゾンビが二体。
それから先、部屋から顔を覗かせてこちらを見つめているゾンビたちが、先にも、先にも。
「ボ、ヴィ…」
「ボ、ヴィ、ざ…」
「え…えーとあの、ボヴィ保険証忘れちゃったみたいなんでー…」
「……」
「…取りに帰りま」
「うばああああああああ!」
「ぎゃああああああ!」
『!』
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