夜が明け始めた暗がりの中、自室の隅に微かに震えてうずくまる美花の姿があった。




どうしよう、どうしよう。
まさかこんなことになるなんて思わなかった。
あの女が零番隊の隊長だなんて、まさか、嘘だ。
ずっと見てきたんだから、そんなわけない。

ないに決まってるはず、なのに。





必死で口を閉ざして、眠らないように意識を起こしたままでいた。
眠ってしまえば恐ろしい夢を見るだろうと分かっていた。

昔のような。






「早く終わらせなきゃ…くたばらせなきゃ…!」










――――――……


朝、葵が目を覚ますと、四十六室からの伝達係が零番隊隊室の点検を終わらせたとの報告に来た。
それを聞いたせいなのかは分からないが、身支度を終えてから、何となく隊室へ足を向けた。

歴史ある隊室の扉は、押すと微かに軋んだ音を立てる。
するりと入り込んだ隊室は薄暗い。
部屋の奥にある窓から唯一外の朝日がさしこんでいる。



(案外、汚れていない…)



両脇に並ぶ席官達の机を見やりながら部屋の奥へ進むと、懐かしい自分の隊長机があった。
その後ろの壁にある、『零』と書かれた額縁の前に立つ。

静かに額の裏へ手を滑り込ませると、確かに紙の感触を感じ取った。
取り出したのは二枚の手紙だった。
紙切れと言えるほど質素なそれには、少しいびつな字で『#name4#へ』と書かれていた。
何度も読み返したものなのか多少端は擦り切れていても、汚れは見当たらない。



きっと昔からこうして取り出しては読んでいたのだろう。



そして今一度それを読み返した葵の顔が、とても優しく静かに微笑んでいたことは。

誰も知らない。










――三番隊 隊長室


「ねえギン、今日の正午に零番隊が総隊長へ復活の宣言するらしいわよ」



書類の承認印をもらって来ると言う名目で隊室を抜け出した乱菊の第一声が、それ。
何だかこのパターンに慣れたギンが言ったのは。



「…お前情報伝達役みたいになってへん?」

「あんたが周りのことに疎いから教えてやってるだけじゃないの。もう美花側のフリしてないし、吉良からの情報ももらえないでしょ」



そう。
ばっちり良々に毒舌を投げつけたのは美花側からの脱退と同じことだ。
おかげで吉良からは遠巻きに見られるし、ギンが通ると誰もがひそひそ話をやめてしまう状態だ。



「まだ良々ちゃんにやったこと怒ってるん?」

「ええ怒ってるわよ。何でしっかり殺っておかなかったのってね」

「あ、すんません」



どうやら乱菊は以前ギンがやったことには怒っていないらしい。
結果としては、檜佐木達も加わって葵を痛めつけそうだったところを助けたのだし。





「正午ってもうすぐやん。まだ復活しとらんかったんやね」

「これからするのが正式らしいわよ。昨日はホラ、零番隊の隊員がまだ揃ってなかったから」



そう話しながら隊長室を後にし、乱菊に案内されながら歩いた。



「場所は?」

「裏庭よ、あのカエルの池があるところ。なんか零番隊復活にカエルと総隊長だけって言うのも寂しくない?」

「…いや、寂しくはあらへんやろ」



何か分かっているのかやけに静かな口調だった。



「どうしてよ」

「お前、その情報どこから聞いたん」

「同じ隊の隊員」

「……隊員にまで広がってんなら、見物に来るんが僕らだけやと思うか?」

「あ」



ギンの言った事はその通りになった。
廊下の角を曲がって裏庭が視界に入ってくると、かなりの人数の死神たちがザワつきながら裏庭を囲んでいる。



「…大当たり、ね」


 



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