次の日。
それは部屋から一歩出た時点で始まっていた。
結局昨日の昼からぶっ通しで朝まで眠った葵が、廊下に出ようと自室の扉を開けた瞬間。



バシャアッ



いきなり上から冷たい感触が全身に届いた。
水。
そう知覚したときには、すでに着物の端までずぶ濡れだった。
水以外は降ってくる気配がないので、そっと上を見上げると。



(……ベタだなあ……)



紐でくくりつけられたバケツが扉の上に挟まっていて、まだ雫を垂らしていた。
扉を開ければ水をかぶると言う代物だ。
しばらく無言で大量の水を吸った隊服を見ながら、このまま隊室に行ってやろうかなどとんでもない事を考えていた葵だけど、おとなしく着替える方を選んだ。
ありがたいことにさっきまでの眠気はどこへやら。

もう一度室内に引き返して濡れた隊服を干した後、予備の物に着替えて部屋を出た。



「見て…水無月さんよ」

「綺麗な顔して怖ぇなあー……」



不意に、そんな声が聞こえた。
声のした方を振り向くと、当人達は汚れた物でも見るようにサササッといなくなった。
気に止めずにまた歩き出すと。



「よくしらっとしてられる…」

「美花ちゃんも可哀想に」



また、どこからか声がする。
もう一度だけ振り返ると、それは知らないどこかの隊員だった。



「ちょっとこっち見てるわよ…」

「知らねえよ、俺達だけじゃねぇだろ。第一水無月が悪ぃんだし…」

「……」



それ以上は聞かずにその場を立ち去った。
着替えたせいで出隊時刻がギリギリなのだ。
十番隊の隊室に着くまでに相当な数の言葉を投げ掛けられたが、どれも葵の足を引き止めるものは無かった。


何とか出隊時刻に間に合い、隊室前に着いた。
ちょっとそこで葵が黙った。
念のために上げた視界の中に、また同じものを見つけたから。



(…引っかかってあげるべきなのか…)



上、隊室の少し空いた扉の隙間に。
よく見るとセッティングされたバケツが。
葵の部屋に仕掛けてあったものと全く同じ。

十番隊はもしかしたら暇なんじゃないか、と言う疑問が首をもたげたが、とりあえず今はコレをどうにかしなければならない。
考えた結果、二度も引っかかってやる義理は無いと言うことで。



「…よいしょ」



自らの斬魄刀を足りない身長に足して、バケツを扉の隙間から下ろした。
てっきり中身は水だろうと思っていたのだけど。



「うわ」



バケツを下ろし終わった葵が中を覗いて、無感動な声を発する。
バケツの中は一面緑色の海。


ゲコッ ゲココッ


一面、カエルの海、だった。
水気のないバケツにこれでもかと押し込まれているため、当のカエル達はぎゅうぎゅう詰めで苦しそうにもがいている。
ちょっと好奇心で底の方のカエルが無事か斬魄刀でつついてみたり。



(蒼鼎に怒られるな…)



間違いなくそう確信して戯れをやめた。
自分の主にカエルをいじる道具にされては、斬魄刀もやりきれないだろう。
助けてやりたいけれど出隊時刻を考えるとそうもいかない。

廊下の壁際にバケツを寄せて無事隊室へ入った。



「おはようございます」



ほとんどの隊員は揃っていたが、返ってきた挨拶は一つもない。
普段から聞いているか聞いていないかの返事だったので、気にせず自分の席に着く。


 



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