揺れる。
世界が揺れる。

ぶつかったコイツ誰だっけ?

ああ、松本だ。

今のアタシの顔誰の顔?

ああ、水無月のだ。



「何走ってんのよ葵…って…あんた良々?」

「!」

「やっぱりそうね…!いい加減にしなさいよ!あんたの化粧ごと化けの皮剥がしてほしいわけ!?」

「う、うるさい!
あんたみたいな…生まれてからそんな顔の幸せものに言われたくない!」

「私だって素顔も見せずに粉ぬりたくる奴に言われたくないわよ!そんなんじゃギンにだって気に入られないでしょうよ!」








ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。












「それ…をっ…」



誰か 誰か


アタシを


    止めて







「言うなあああああああああああああああ!!!」



力任せに動かした体は、私の意思ではどうにもすることが出来ず。
脇に差してあった斬魄刀に手が伸びた。















「……え?」

「…なした?葵」



ギンの隊長室に来ていた葵の背後に悪寒が走った。
身震いする程度ではおさまらない、思わず背筋が伸びるような、物凄く嫌な、冷たい予感。



「…乱菊、さん…?」



ふと、そんな言葉が口をついて出た。
なぜだろう、今一瞬頭に乱菊がよぎったのは。
そしてすぐに消えていったのは。



「…乱菊が、なしたん?」

「何だか、嫌な予感がして……すみません市丸隊長、失礼します」

「葵!」



ギンの声も聞かずに隊長室から躍り出ると、必死に乱菊の霊圧を関知しながら走った。
胸の奥に黒いものがある。
もうもうと沸き上がりその先を覆い隠してしまう嫌な霧。
嫌な、予感。



(何…これ…今までに感じたことがない……)



ためらいもなく十番隊の隊室に飛込んだ。



「失礼します!乱菊さんはいますか!」



血相を変えた葵に十番隊の隊員達が驚いている間、葵はサッと視線を室内全てに巡らせた。
…乱菊は、いない。

失礼しましたと言い捨ててその場を後にした。
足を少しも休ませることなく体が反応する方へ駆けていく。
廊下にいる隊員達が何事かとこちらを見るけれど気にしてはいられない。
不吉な予感は少しも消えずにますます膨らんでいるのだから。



(乱菊…乱菊乱菊乱菊…!)



だんだんと本人の霊圧に近付いているのが分かる。
しかしそれがあまりにも微弱で、泣きそうなほどか細く、いつまでも不安が終わらない。
そして、一つの角を曲がった。
その先に見覚えのある金髪が見えた。



「良かった、乱菊さー………」




体が止まった。
見えた金髪は床に投げ出されていて。


赤く 染まっていた。




葵の前にいる乱菊は、血まみれになって倒れていた。
赤い池が所々に見えて、その隣では。



「はあっ…はあっ…」



息を切らせた良々が肩を震わせて立っていた。
血がついた刀を持ちながら。


葵の顔が無表情のままそれらを見比べる。
いや、今は表情が無いのではなく、血の気が引いてしまい、真っ白になっていた。



「…乱菊、さ…?」



出血するには多すぎる血。
青ざめた乱菊。
ぴくりとも動かない体。
思うように声がでない喉。
せわしなく動かすことしか出来ない瞳。

乱菊のことしか思い浮かばない頭。



「風音…さん…」



途切れ途切れに発した名前で、ようやく良々がこちらに気付く。
良々の顔は青ざめ、汗が流れ涙が流れ、よく分からなくなっていた
もしかしたら斬魄刀で何かに化けていたのかもしれないが、自分から流れ出た多すぎる体液ですっかり落ちてしまっている。



「…何、したんですか?乱菊さん…血が出ているみたいです、が……」



無差別に切りつけられた大きな傷がいくつか見える。



「あっ、アタシよ…ああアタシがやってやったわよ…っ」



混乱してろれつが回らない口調のままで良々がまくしたてた。



「だっだだだってこの松本が、アタシに、言っちゃいけないこと言うから…!良い顔でっ、ギンのそばにいて、何の苦労もなく、楽にいい生きてたくせに生きてきたくせに生きているくせに生きようとしてるくせにっ!」


「…あなたが嫌いなのは、私だけでしょう。乱菊さんは関係なー…」

「うるさい!うるさいんだよ!!あんたも松本もぺちゃくちゃ説教しやがって何様だ!あんた達みたいに生まれたときから幸せな奴らに!分かるか!!分かるか!!私の気持ちなんて分かるかあ!!!」







「………るな」



「は!?
何よ!言いたいことがあるなら言いなさいよ!それとも松本みたいに喋れなくしてほしいわけ!?」



その言葉に顔をあげた葵の顔は。

眼光鋭く良々を睨んでいた。



「……ふざけ、るな」



その瞳の鋭さに、ビクッと良々が身を震わせた直後。
葵が首からかけていた鍵が光を放ち始めた。
その眩さに思わず目を覆うが、指の隙間から入ってくる光はどんどん強さを増していく。
まるで今まで中に閉じ込められていた光が、全て外へ溢れ出ようとしているようで。

そして次の瞬間、まるで硝子細工が砕けるような音を響かせて。

鍵が、弾け飛んだ。





「ひっ……!」



世界が大きく揺れた。
あちこちで何かの爆発音が響き、自分の耳から音を奪っていく。
地面は隆起するほど振動を続け、辺りの木々は吹き荒れる猛烈な風に煽られ、根元から折れてしまいそうだ。
隊内ではあらゆるものの身動きが取れなくなり通常の隊員は次々と倒れていった。

唯一意識を保っている隊長達でさえ、上から押し潰されるような圧力と呼吸すらままならない圧迫感を巨大な霊圧から感じ取っていた。






――――― 一番隊隊長室兼総隊長室


ゴゴゴゴ…と揺れる室内で、元柳斎が一人部屋の中央に座りながら。



「とうとう抑えられん日が、来たか…」



慣れ親しんだ霊圧を感じながら、それだけ呟いた。









「ひっ…ひぃ…」



今にも潰されそうな霊圧にもがく良々を見て、わずかに理性が戻った。
一番近くにいる乱菊を無意識の内に霊圧から守ろうとした結果、良々にもその恩恵がいったようだ。
葵は自分の体から発される霊圧を抑えにかかった。
今までこれを制御していた装置である鍵は中から破壊され、葵の足元に転がっている。




「久しぶりで、加減が分かりませんね……」



そう呟き一定の霊圧の濃度に安定させたが、それでも十分すぎるほどの強さがある。
良々などが長時間浴びれば、じきに気を失うだろう。



「あっ…あんた誰…っ、誰よ…!」

「ついさっきまで呼んでいた名前も忘れましたか」



そう言って貫くような視線で地面に手をついている良々を睨み落とした。



「い…や…っ」



それを見て、違う、とかぶりを振る。
どう違うのかなんて口から出なかった。
今までと違う葵がただ恐ろしく。
あまりに美しく。

白い肌の中にある大きな瞳は射抜くように自分を見ている。
瞼が伏せられたことで映える睫毛が人形のような葵の顔を際立たせていた。

葵の顔が怖いのではなく。
その瞳の中にあるひたすらに真っ直ぐな意思が怖かった。
折れない視線で自分を射抜いて殺してしまいそうだった。




 



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