(暇だ……)
謹慎二日目。
日付が変わってから、同じ単語を頭に浮かべるのもこれで三十九回目になる。
昨日やちるの十一番隊にお世話になり、帰ってくるとそこそこ部屋の中は荒れていた。
少し散らかっているという程度のものだった。
なんせある家具が小さな机と箪笥だけなのだから、出来る反抗もたかが知れているのだ。
布団が放り出されていたのと、箪笥の全ての引き出しが散らばっていたくらい。
(……隊服は干しておいて良かった)
着ている隊服と濡れた予備の隊服は別の場所に干してあり無事だった。
数十分荒らしたにも関わらず五分程度で部屋を元の状態に戻して、その日は眠った。
そして次の日今現在、本当に何もすることがない。
これと言った趣味も持たず、外を眺めるだけで何とか昼まで時間は流れてくれたけど、これからどうしようかと頭を抱える。
(乱菊の部屋なら…色々な遊びがあるんだけど)
正月とお盆の帰省休暇の時、流魂街に帰る場所のない三人でよく人生ゲームをやっていた。
浦原商店の福引で当たったらしい。
(私また子ども産んじゃったわよー)
(お前産みすぎや。もう車に乗りきらへんやろ)
(あ、株が当たりました)
(ほんまに?うわ、えげつない大金)
(少し恵んでよ!)
(駄目ですよ、人生はシビアですから)
ふとそんな会話を思い出している間に時間か味方をしてくれ、何とか夕方まで過ごすことができた。
窓から少し沈みかけていく夕焼けが見えた。
遠くに見える壁の向こうは流魂街。
多分猫は今もどこかの屋根で寝ているんだろう。
そんな事を思い出していた時、ふと部屋の襖が叩かれた。
「はい」
「葵、私よ」
「あ、乱菊さんですか。今開けます」
――十番隊隊室
「え、葵が謹慎処分!?」
「声がデカいぞ松本」
「葵が謹慎処分ですってええ!?」
「…お前わざとやってるだろ」
「あ、はい」
「はっ倒すぞ。休暇の理由なき超過だからな、東仙を謹慎で納得させるのが大変だった」
「あーそうなんですか」
処罰が下されたと言うのに、何だか反応が薄い乱菊。
だって本人。
(よし、後で葵の部屋行っちゃお!)
とか思っているから。
悪どくニヤけていた時、ふいに強い花の匂いがした。
「日番谷隊長ぉ〜、これに判子下さい」
「おう」
(げ!諸悪の根源!)
思わず乱菊が後退りするほどの笑顔を振りまきながら美花がやってきた。
そう言えば同じ隊にいた事を思い出す、ほとんどサボって隊外にいるため忘れがちだが。
「っかー!自分の隊員にデレデレしちゃって情けないですよ隊長!」
「してねえぞ。水無月にもしてなかっただろ」
「あーあ、葵の清らかな美しさを信じられないなんて死神としてのレベルが低すぎですよ。だから花椿の意見なんかに惑わされるんです」
「惑わされてもいねえ」
「そ、そうですよぉ副隊長…日番谷隊長は何も悪くありません」
「じゃあ悪いのはアンタね」
「えぇ〜っ?」
鼻にかかったような甲高い声色、胸ぐらを掴みそうだったのをどうにか堪える乱菊。
自分を嫌っていることなど分かりきっているだろうに、それでも尚会話を続けてくる胆力は評価しても良いと思った。
「ぅ…じゃあ、松本副隊長は美花のこと嫌いなんですかぁ?」
「嫌いよ」
「ちょっ……」
清々しいほどにあっけらかんとそう答えた。
「おい松本、さすがに隊内では慎め」
「わっかりましたー。じゃあ私書類届けてきまーす」
くるりと何事もなかったかのように背を向けて、隊室から出ていった。
バタバタと隊の男共が泣いている美花に駆け寄る音を嫌になるくらい聞きながら。
――――――…
障子を開けた葵の目の前に、乱菊はいなかった。
良々が不敵な笑みを浮かべて目の前に立っている。
「……どうして風音さんが?」
「どうしてだと思う?」
(さっきの声は明らかに、乱菊のだったのに…)
葵は、良々の斬魄刀の能力を知らない。
千匹皮を見たことがあるのはやちると乱菊だけだ。
他人そっくりに擬態する力。
それでも体のサイズが違うから、どこか影が映れば分かったのだけど、襖の向こうではそれも分からなかった。
「お前に開けさせるためだ、水無月」
スッと良々の横に現れたのは。
「……檜佐木副隊長」
「お前から開けたってことは入っても良いんだよな?」
威勢良く葵を押し退けて室内に入り込んだ。
ズカズカと部屋の真ん中まで行くと、一度葵を振り返る。
嫌な笑みを浮かべながら。
「何か御用ですか」
「お前、うちの隊の良々を殴ってくれたみたいじゃねぇか」
「…………」
見やると、良々は檜佐木の横で怯えたように小さくなっている。
隊員が傷つけられた憤りなのか、私的な関係があるのか、それは分からないけれど。
「風音さんに手を上げてはいませんが……もしもそうだとしたら、どうするんですか?」
怯えた様子も見せずにそう言った。
それに何かを言い返そうとしたが、ただ静かに自分を見つめる葵を見て、檜佐木の言葉が止まった。
生意気だの一言でも言おうとしたのだけど、今更ながらに目を奪われた。
初めてまじまじと見た敵が、あまりにも美しいかんばせを持っていたから。
「ちょ、ちょっと…檜佐木先輩?」
良々に袖を引っ張られてようやくハッと気がついた。
それでも視線は葵の方へ行っている。
「…おいお前ら、入ってこい」
檜佐木が呼び掛けるとどこから沸いたのか、入り口から四人の男隊員が入ってきた。
身体中に包帯を巻いていて、葵を部屋の真ん中へ追いやりグルリと囲む。
「見覚えあんだろ」
「……顔が分かりませんので」
「はっ、身体中傷だらけでもかよ?」
傷だらけ。
それを聞いて、七猫がズタズタにした九番隊の男隊員を思い出した。
あれらも確か四人だった。
「よくも俺たちをこんな目にあわせやがったな水無月…!」
男の一人がぎこちない腕で葵に掴みかかった。
自分達が葵へした「こんな目」すら忘れて。
「全然知らなかったぜ、あいつがお前の味方だったなんて…」
(あいつって……市丸隊長の事か)
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