騒がしい人混みの中、うつむいたまま街中を瀞霊廷へ向かって歩く葵の姿があった。
目立つ容姿のため顔に巻布をしていたが、その下の無表情が今は少しだけ陰っていた。

ギンの無実を確信に変えることは出来たけれど、少しばかり昔のことを思い出さなければならなくなるなんて。

今一度従者の身になりたがる変わり者で孤独な猫を、拾えるのならば拾いたかった。
けれど、今拾った所でどれだけの負担や重荷を背負わせてしまうかは分かりきっている。



(……九番隊の平隊員の私が、どうして命を拾える?)



今は身を潜めて生きている。
人々の記憶からこの事件が薄れ、また以前のような日常に戻るまで、なるべくなら待っているつもりだ。

ただそのことばかりを考えながら足を進めた。
門番に通廷証を見せて瀞霊廷内に入ると、葵にとっては久しぶりの存在が待ち構えていた。



「あら、おかえりなさーい水無月さん」



形の整った眉とパッチリした瞳。
血色の良い頬と鮮やかな色の唇。
それら全てが人工だとしても白い肌の上に納まっていれば、見映えよく映った。
ただそれが酷く嫌みたらしい笑顔を浮かべているから台無しだったけれど。

兎に角数名の女子隊員を引き連れて、風音良々はそこにいた。



「午前中だけの休暇は楽しんだようね」

「ええ、まあ」



葵が無表情のままそっけなく答えたのが勘にさわったらしい。
チッと苛立たしげに舌打ちをして。



「あんた、まだギンの周りをうろついてるみたいじゃない」

「……何の話ですか?」

「とぼけてんじゃないわよ。アタシ言ったよね?もうギンに近づくなって」



そう言われた事は覚えているが、身に覚えがない。
極力ギンとは会うことを控えていたし、元柳斎の部屋でのことも他の隊員は誰一人知らないはずだ。



「……市丸隊長には近づいていません」

「嘘よ、白状しなさい。どうやってギンに媚び売ってんの?」

(……買えたら楽なんだけど……)



やっているだろうと言われてもやっていないので、弁明の余地がなさすぎてそんなことを考えていた。
一方良々は何も話さない葵を黙秘しているのだと受け取り、目の前まで顔を寄せる。



「ちょっと聞いてんの!?」

「聞いていますが、分からないんです。すみません」

「は…?」



葵は淡々と言葉を返した。
どれだけ怒られても分からない。
どうしていきなり、ギンに近付いているだなんて思われたのか分からない。

『この人』には、不当な扱いをされる理由がない。



「市丸隊長が好きなら、私ではなくて本人に言った方が良いですよ。私に言っていても伝わりません」

「…っ!いつだって伝えてるわよ!」

「じゃあなぜ私に媚びの売り方なんて聞くんですか?」



そう聞いた瞬間、良々の表情が曇った。
体が震えている。
受け入れなければならない何かを必死で拒否しているように。



「市丸隊長は…私が後ろから抱きつくと…っ」



良々は爪がくい込むほど葵の肩を掴み、葵の瞳を睨みつけ。
悲しみと怒りと、やはり悲しみに満ちた顔で。




「…あんたの名前を呼ぶんだよ…っ!」




 



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