昔、暖かい陽気のある日。
陽の色とは正反対な灰色の世界で。
一匹の猫は一人の少女に拾われた。



「久しぶり、俺の主人」



零番隊第四席 早蕨七猫。
その独特な風貌と特殊な扱われ方から、零番隊隊長である葵の『飼い猫』と呼ばれていた。



「もう私はあなたの主人じゃないですよ。零番隊は解散したでしょう」

「俺が葵を何と呼んだって自由だし」

「……変わりませんね」



はあ、と顔を変えずに葵が息を吐いた。
時々この男の体に耳と尻尾を探している自分に気づく。

零番隊当時から集団行動を嫌い、自分が気に入った者以外の命令をはねつけ、前髪で隠れた瞳を誰にも見せることなく。
葵を抜かして隊の上位三官に並ぶ力を持て余していた。



「七猫ですね、九番隊の隊員をああまでボロボロにしたのは」

「何で?」

「あんな猫が引っ掻いたような傷痕なんてあなたにしか出来ませんから」



昨日女隊員に頬を切られて気づいた。
こんな風に切り裂くには刀は結構な速さで振らなければならない。
ギンの斬魄刀である『神鎗』は突き刺すのが名目の刀だから、体中に傷をつけるには無理がある。

けれど、確信したのはもう一つの理由。



「市丸隊長が七猫の代わりに疑われました」

「……またかよ」



猫は少しだけ髪から下の少ない顔を渋そうに歪ませた。
髪に隠された瞳がどんな表情をしているのかは誰にも分からない。
髪の下にある瞳が赤いのかどうかは定かではないが、瞳を覆うその髪はどこかの狐目と同じように、銀色だった。

斬られる一瞬垣間見えただけでは、例え身長等が違ったとしても、それが見慣れた三番隊隊長だと勘違いしてしまうほどに。



「…市丸に間違えられたことは謝らないよ。勝手に向こうが勘違いした」

「はい、それについては仕方がないことです」



すとん、と葵も七猫の隣に腰を下ろした。
今にも崩れてきそうな灰色の山。
その中の一つの廃墟の屋根には影が二つ。

一人は死神、もう一人は猫。
死神は屋根から見える灰色の世界を見つめていたけれど、猫はずっと死神の横顔を見つめていた。



「……私を守ろうとしてくれたんですか?」

「……流魂街に出た他の零番隊の奴らに、葵が濡衣着せられたって聞いたから」



七猫以外にも零番隊解散後に瀞霊廷を去る隊員はいた。
葵へ手紙を送った隊員がいたように、昔の仲間の間ではすでに周知のようだった。
そんな中で、七猫は耐えようとした。
葵が理不尽なやり方で陥れられたと聞いても何を聞いても、すでに瀞霊廷を離れたことを理由に、そんな情報など聞き逃そうとした。

他人事だと思おうとしたのに。
もう他人だと言うのに。



「…夜になって、瀞霊廷の周りをウロついてたら葵の血の匂いがしたら、我慢できなかった」



結局、瀞霊廷へ忍び込んだ。
忍び込むだなんて静かな動作ではなく、ただ単に飛び入った。

葵を痛めつける九番隊の隊員達の声が聞こえてきたときはもう人間としての理性を失いかけていたから。
意気揚々とその場から離れて行った九番隊の隊員へひたすらに報復した。


 



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