ザバザバッ…ザー…ザー…



一室の手洗い場。
ずいぶんと長い時間をかけ、凄まじい形相のまま手と口を洗い続けている良々がいた。
何度も何度も洗うために手が赤くなってきている。
執拗に口へ擦り付けた水が顔の化粧をまだらにした。

それでも触れてしまったカエルの粘膜を思い出すとやめる気にはなれなかった。



「あのクソ女…いいや水無月葵!絶対絶対痛い目見せてやるんだから…っ」



アタシのギンと 話すだなんて



「ギンはアタシのよ…今も味方してくれてるし、あんたなんかに…渡すもんですか!」











―――――…


黒い髪に赤い瞳、腕につけた九番隊第三席の腕章。
それを見て、隊員達の言った上司とは、彼のことだったのだろうと悟った。



「殺那……」



表情には表れなかったが、葵の声にはありありと驚きの色が混じった。
殺那と呼ばれた端麗な男は溢れる涙を止めようともせず頭を下げ続ける。



「申し訳ありません葵様…!隊員に疑われないためとは言え、貴女を傷つけることを止めもせずに……」

「いえ…良いんです。頭を上げてください」



頭が未だに混乱を続けているが、とにかく顔を上げさせた。
目の前の人物とは今まで長い付き合いだが、こうなると延々と謝罪し続ける事を知っている。
殺那と呼ばれた男が顔を上げ、涙を拭った。

悲しみ、自責、畏敬、と様々な感情を称えた瞳に、葵の姿が映る。



「……殺那はきちんと止めてくれましたよ」

「いいえ!俺は……」



それでも自分を責めるその姿に、どことなく乱菊を重ねた。
かつて葵が零番隊の隊長であった時、副隊長であるこの殺那にどれだけ責任を感じさせずにミスをするか、と言うのを試したこともある。

だからなのかは分からないけれど。
こんな奇妙な再会に、葵は少し笑ってしまった。
昔、共に過ごした時代でも滅多に見られなかった微笑を見て、殺那が言葉を無くす。

元気な笑顔、とは言えない。
優しげな目で、少し口の端を持ち上げるだけのその笑みは。
在りし日の自分と葵の思い出を呼び覚まし、殺那から自責を消し去り涙を増やした。



「どうしたんですか、殺那は私の次に泣かない人だったのに」

「本当に……そうですね」



小さく苦笑して顔を横に振りながら涙を払うと、先ほどまでとは違うキッとした面持ちになった。



「……取り乱して申し訳ありませんでした、葵様」

「いえ」



それでこそ殺那ですね、と頷く。
彼が抜いた刀はすでに鞘に戻されていた。
かつて自分の仕事の半分を担っていたその存在へ、葵は決して聞き入れてもらえないだろう願いを言うことにした。



「殺那に一つお願いがあります」

「…何なりと」

「もう私は零番隊の隊長ではありません。私を敬わないで下さい」

「嫌です」

「早いですね」



あまりの即答ぶりに逆に困る。
それでも、葵は零番隊を解散した際に全ての上下関係は払拭してきたのだ。



「私はもう九番隊の平隊員ですよ?」

「信じません」

「……いえ、東仙隊長に決められています」

「ならば変えさせます」

「自隊の隊長にですか?」

「俺は貴女以外の死神を隊長と認めたことはありません」

「頑固ですね……」







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