いつもと変わらなかった。
初めて女子隊員に手荒い袋叩きを受けてから、定期的にそれは行われた。
昼休みに呼び出され、蹴られ殴られた後で何とか隊へ戻る日々。

どれだけ傷ついても四番隊へは行かなかった、行く事が出来なかった。
卯ノ花のこともあったけれど。
もう一つ、だけ。

あの時、治療をしてもらった後で聞いてしまった言葉は、葵に抵抗をさせるのに充分な言葉だった。



「おい、眠ってんじゃねえよ!」

「っ!」



痛みと共に意識が覚醒する。
痛みは隊服で隠れる箇所、特に背中に集中していた。
思った通りに、呼び出した四人の九番隊隊員が行う事は、葵が想像した内容とほとんど変わらなかった。
暴力は結局、殴る蹴るにおさまるのだ。



「へっ、こんな見てくれだけの人形が花椿や風音を傷つけやがって…」

「おらおらどうしたぁ!」



服に隠れた部分だけを狙うため、何度も何度も同じ場所を蹴られ殴られる。
いつものことだった。
四番隊には行けなくとも、日々襲ってくる暴力は止まないため、傷が治せない。
霊圧には耐えられても自分の霊圧が使えない皮肉さをいつも感じていた。

隊服の中に潜んだいくつもの痣や怪我を乱菊とギンに隠すたび胸が痛かった。
殴られるよりもずっとずっと。



「へっ、見ろよ。苦しそうな顔一つしやしねえ。前から気味が悪かったんだ」

「しかし本っ当に綺麗な面してんな、犯っちまうか?」



その言葉にピク、と反応する。
万が一、いつかそんなことをされそうなときは、何が何でも逃げようと思っていた。
そのためには幾らか周りを巻き込んでしまうため、賭けになってしまうのだが。



「おいおい、んなことしたらあの方が出る幕がねえだろ」



ずっと葵の背中を蹴り続けていた男隊員が楽しそうに言った。
少しでも体を動かせば、まるでちぎれるような痛みが背中に走る。
背骨に何らかの異変が起きていた。



(背骨は…困ったな…)



これでは立つことも出来ない。
現に今は倉庫の壁に寄りかかって座らされていて、葵の体は良い蹴り位置になってしまい、サンドバック状態だった。
顔を上げることすらままならず、今は九番隊の隊員達の足下しか見ることができない。



「そうだよな…せっかく上司呼んでんだ。楽しませなきゃ俺達がとがめられるしな」

「おいまだ死ぬんじゃねえぞ。こっちはお前に喝入れんのに人まで呼んでんだからよ」

「……そうですか」



何がそこまで彼らを駆り立てるのか問いたかった。
けれど、彼らも結局はそれが何か理解していないのだ。



「テメーの上司の、とびっきり怖ェ人連れてきたんだぜ?事情を説明したら喜んで手伝ってくれるってな」



グイッと葵の顔を持ち上げたが、手を離すとまた支えられなくなり、落ちた。
そんな時、ザッと足音が聞こえて、数人の男から歓声が揚がる。



「オラ、来たぞ」

「花椿に手ぇ出した罰だ、まあ精々痛ぶってもらえ。てか殺されろ」



冗談で、ふと舌を噛み切ればどうなるのだろうと思ったけれど、自殺扱いになるので止めた。
この男達に牛タンを食べられなくしてもあまり意味は無いように思えた。



「そんじゃ、お願いします」

「ああ」



やってきた男が答えた。
蹴られた衝撃で五感があやふやになり、その上司の声もよく分からない。

壁に寄りかかっているはずなのに、背中の感覚がなくなってきた。


「へへっ、真面目に殺さねぇ?コイツ」

「おい」



不機嫌な声でやってきた上司がいさめた。



「お前らが騒ぐと手元が狂うだろうが。俺は死ぬ一歩手前で痛ぶりてぇんだよ」

「あ、すいません。じゃあ俺ら退散しますんで、そいつやっちゃって下さい」



男達が楽しそうに言葉を交わしながらいなくなると。
目の前で刀を抜く音がした。

覚悟はあるが、死ぬつもりはない。
本当の本当にそのような時が来た時に取るべき手段も分かっている。
だけどギンと乱菊の悲しそうな顔は考えたくないし、この痛みもある意味、仕方の無いことだと思っていたから。
その時が来るまで、葵は静かに目を閉じた。

















その頃の乱菊。


「乱菊さん、どこへ行くんです?」

「んー…どこ行こうかしら?」

「決めてなかったんですか」



軽く笑った乱菊の後ろを歩いて行く葵。
どんどん人気のない廊下を通る。



「ねえ葵、あの池行ってみない?」

「池……ですか」

「そうよ、あのカエル達元気か見たいの。全くあんたのおかげですっかりカエル好きね私も」

「え、ええ…」



曖昧に葵が微笑んだ。
乱菊はそんなこと気にもせず、裏庭に葵を引っ張って降り立つ。
天気が良く、すでに池の周りには数匹の小さなカエルがゲコゲコ鳴きながら待っていた。



「あら、いたいた。バケツに詰め込まれてたにしては回復早いわね」

「そ、そうですね……」



なせが池に近寄ろうとしない葵。
カエルと距離を取っているようにも見える。



「どうしたの?あんたあんなにカエルに触ってたのに」

「…はい…」



そう言われて、物凄くゆっくり乱菊の隣まで来た。
それを確認した瞬間、乱菊の目がギラリと光った。


グイッ


「おらああっ!!」

「きゃあああああ!」



ザッパーンッ


見事な背負い投げで葵をカエルだらけの池に投げ落とした。
池は割と浅く、座っても水が胸までくる程度の高さだったのだけど、カエルの量は半端じゃない。
すぐに葵の肩や足や腹の上に乗っかってくる。



「ひっ…いやああ!来ないで来ないで!」



やってきたカエルに拒絶反応を示している葵の顔は水がかかり。
最早葵の顔ではなかった。



「……やっぱりね、良々」

「!」



しまった、という表情で自分の顔を撫でる良々の姿が現れる。
葵と同じ色の髪は消え、元の化粧が塗られた少女に戻っていた。
そんな良々をこめかみを震わせた乱菊が仁王立ちで睨み落とす。



「あんたの斬魄刀の能力だか何だか知らないけどもっとマシに真似しなさいよ…。私と葵が何十年の付き合いだと思ってんのよ!この厚化粧!」

「あつっ…!?」



良々の斬魄刀『千匹皮』の能力は擬態。
皮を被るように狙ったものの体になれるが、未熟なため水がかかると戻ってしまう。



 



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