十番隊隊室。
特に荒くれ者もおらず、危険すぎる仕事が来ることも少なく、皆の気性が大体似通っていることで有名な、落ち着いた隊である。
1人のサボり魔を除いては。
「やっほー葵!」
「何ですか?」
意気揚々とやってきた自隊の副隊長・乱菊に対して、さっぱりと言葉を返す葵。
「お昼にしましょ、今日は天気良いから外で食べれるわよー」
「乱菊さんのお仕事は…」
「そんなの後で日番谷隊長にやらせるから今はお昼お昼!」
「…聞こえてるぞ松本」
「私は聞こえてまっせーん、はい撤収撤収ー」
キリのいいところまで、と言いかけた言葉を出すまでもなく、目の前の帳簿を閉じられる。
ずるずると仕事を続けてしまう性格なので、強引な乱菊に引きずられる形になりながらも、少し感謝した。
「いーい天気よねー」
「そうですね」
二人はいつものようにどこかの隊の屋根の上にいた。
毎日昼休みになると乱菊は葵を誘って昼食をここで取る。
もうずいぶん昔から続けられてきたことだ。
葵の性質上、人が多いところにはいられない。
人目を引きすぎるから。
「……どうしました?乱菊さん」
「へっ?」
「ぼーっとしていましたから」
「あ、ううん、別に」
ぶんぶんと首を振ってる誤魔化すと、葵も信じたのかまた食べ物を口に運び出す。
その横顔が、絵画のように思わない時はなかった。
例え背景が今日のような晴天だろうと、曇天だろうと、真夜中だろうと。
(ホント…綺麗よねえ…)
ずいぶん長い付き合いだというのに、未だに乱菊も見入ってしまう。
その良く作られすぎた横顔に。
陶器のような白い肌と、それによく映える光沢のある髪。
深い静けさをたたえた瞳。
辺りに纏うどこか浮き世離れした雰囲気。
「…何ですか?」
「へ!?あっああ…」
またじっと見つめる乱菊に気づいて、いぶかしげに聞いた。
そう言っても変わるのは声色だけで、表情にはかけらも表れないのだが。
内心を悟られないように慌てて話題を引き出す乱菊。
「そ、そう言えば卯ノ花隊長が呼んでたわよ。昼食食べたら来てくれって」
「卯ノ花が…ですか」
常に敬語の葵がギンと乱菊以外に唯一それを使わない相手の名前。
その態度の通り、仲は親密だ。
「何の用かしらね」
「食事が終わったら行ってみます」
「そうね、あ、葵。帯刀するの忘れないようにね。今日午後から実務訓練でしょ」
「はい、ありがとうございます」
「……まあ多分あんたは当たらないでしょうけど」
「……確かに」
乱菊は少し付いていきたそうにしていたが、結局隊室の前で帰っていった。
幼なじみである自分達とそこそこ並ぶ程度には卯ノ花とも仲が深いことを知っているから。
「十番隊第八席の水無月葵です」
「どうぞ」
中から返ってきた声に、失礼します、と告げて入った。
そこにはいつもの卯ノ花が座っている。
まるで診察に来た患者を迎え入れるようにこちらへ微笑んでいた。
「何の用でしょうか」
いつも通り無表情の葵に、ちょっと苦笑して。
「折角『卯ノ花』と呼んでくれるようになったのに、まだ敬語なの?」
「あ……」
言われて気づき、言葉を直そうとした葵が、そのまま黙ってしまった。
何かを深く考えているようで、少し眉間にしわが寄っている。
「………………………………………………………………あの」
「何?」
「……『すみません』をくだいて言うと何でしたか……」
ズルッと柄にもなく卯ノ花がすべった。
「…『ごめん』、でしょう」
ああ、と思い出した。
「……ごめん、卯ノ花」
「いいのよ」
そんな二人のやりとりを、四番隊隊員達が楽しそうに見守っていた。
どちらも人と少しの距離を置くから、こんな会話は微笑ましい。
そのままポツリポツリとたどたどしくも穏やかな世間話をしていたが、やがて葵が。
「ねえ、卯ノ花」
「?」
「卯ノ花はいつも笑っているね」
じっと卯ノ花の顔を見つめながら言った。
少しだけ、うらやましそうに。
「笑っている卯ノ花は綺麗」
慣れない口調のため、外見と似合わないぶっきらぼうな言い方になってしまう。
そんな葵へ、卯ノ花は更に微笑んだ。
「ありがとう。でも葵は笑っていなくても綺麗よ」
「え」
「それも同じくらい素敵な事よ、きっとね」
微笑みが卯ノ花を綺麗にさせるなら。
無表情が葵を特徴的にしているものだ。
作り物の人形のような顔が表情を持たないのなら、まるで心がここに無いような錯覚を与えた。
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