割と人で賑わっている書物庫で、両手に抱えた本を一冊ずつ棚に戻していく乱菊。



「はあ、サボりの罰サボりの罰っと……つまんないわねー使った後の資料戻すだけの仕事なんて」



ちょっと秘密で葵探しに隊室出ただけじゃない、とぼやきながら手を動かし続ける。
その「ちょっと」が3時間を超えたために罰せられた事はもう記憶の彼方に追いやっていた。



「えっとこの本は…うげ、一番奥の棚じゃないの……現世の資料だか何だか知らないけどあちこち本を戻しに行く私の身にもなってほしいわ」



ため息つきながらも何とか目当ての本棚へとたどり着いた。
ここから元あった場所を探すのも一苦労。



「場所はイの五十一…」

「聞こえとる?」



微かに聞こえてきたギンの声に一瞬体が止まったが、何事もなかったかのようにまた本の場所を探す。



「聞こえてる…もう五十一ってどこよー」



そっと目配せをしたが、室内にいる隊員の誰にも気づかれてはいないようだ。
声の本人がいるのはこの書物庫の誰からも見えない唯一の死角。
これくらいはしないと誰にも見られずに会話するのは難しい。



「あ、あったあった……どうしたの?」



そっとギンの声がする本棚に背を向けながら近づいた。
恐らくこの裏にいるはずだ。



「…イヅルから聞いたことがあってな」

「吉良…?じゃあ上手くいったのね、スパイ作戦」

「癪やけどな」



ひっそりと声を潜めて姿の見えないギンと話す。
多少聞き取りにくいが、これ以上大声を出すと本棚と話してる女と思われる。



「…檜佐木君が動くらしいわ」

「檜佐木……あ、今葵は九番隊だものね」

「ああ」

「って何で!?」



思わず出てしまった大声に少し離れた場所にいた隊員達がおどろいてこっちを見た。
まずい、と頭をフル回転させる。



「何で…何で違う本が置いてあるのよ!ちゃんと置場所守りなさいよね!」



隊員達が、ああなんだ本の借り主に対する怒りか、と納得して視線を戻す。
ことを祈った。



「うわ、何や一人でありもしないこと叫んでるわコイツ」

「う、うるさいわねっ(小声)
自分でも無理あると思うわよっ(小声)」



とりあえず、一度息を吐いてクールダウンした。



「…それより檜佐木が動くってどういうこと?今まではそこまで大きなことされなかったのに…」

「確かにな。手紙燃やしと悪評を言いふらすくらいやろ、された事は」



葵は乱菊に、女子隊員から受けた暴行を話していない。
それが定期的に続いていることも。



「はー……まさか分別のある副隊長まで動くなんてね」

「まあうちのイヅルも入っとるしなあ、向こうの頭も中々やるわ」

「檜佐木はどう動くの?」

「男達に入って助っ人する…みたいなこと言うてたわ」

「ちょっ、そんなの集団リンチじゃない。葵は?葵は知ってる?」

「いや、僕もここ来るまでに結構探したんやけど…乱菊も会ってへんの?」

「私だって三時間葵を探したから罰受けてんのよ」


おかしい。
どれだけ瀞霊廷が広くても、行動範囲が狭い葵なら三時間も探せば見つかるはずだった。

今まで統率されていなかった集団に檜佐木が加わる。
そこから導いてしまうのは最悪の結果しかない。



「ま…さかじゃないでしょうね…」



乱菊の足元がふらついた。
葵の笑顔は自分の笑顔であり、葵の痛みは自分の痛みだ。
今までそうやって生きてきた。



「まさか、かもしれへん」



相変わらず棚の向こうの男の声は落ち着いている。
だからと言って葵を心配していないわけがなかった。
あのギンがこうして手間をかけて自分に教えに来てるのだから。



「でもねぇ…少しは焦った様子見せなさいよ。あんた何もしないつもり?」

「乱菊は?」

「探すに決まってんでしょ!」


ハッ



半径10mくらいの隊員達全員がかなり驚いたようにこちらを見ていた。



「…今度は、何て言って誤魔化せばいいのよ」

「……アホ」










九番隊隊室にて。
十一番隊から帰ってきた葵が黙々と机で仕事をしていた。
かなりの量の書類が机の上を占領している。



「水無月さん、コレもお願いね〜」

「はい」



決して少なくない仕事を目の前に置かれたけれど、置いた相手になど顔も上げずに手を動かしている。
仕事などいくら増えても良かった。

元々葵は机仕事が得意だった。
通常の量ならば午前中に終わらせてしまうため、次から次へと仕事を押し付ける隊員の事など気にも止めない。
どれだけ雑用を与えてもぐうの音も出さない葵に東仙が舌を巻いていた時。



「おい、水無月」

「はい」



男の声がした。
また仕事かと思ったけれど、いつまで経ってもそれが置かれないので顔を上げると。
四人ほどの男隊員達が葵を囲んでいた。



「……何でしょうか?」

「ちょっと面かせや」

(……二回目だ)



やちるに言われた時と、今少しも安全そうに見えない男隊員に言われた時の差に、心中で苦笑しながら。




「分かりました」



静かに席を立った。
覚悟はあった。













良々が、男達に廊下へ連れ出される葵を、曲がり角の影からこっそりと覗いていた。
自分の斬魄刀を持ちながら。



「ったく…ようやく連れてった。美花は更木に追い返されて、下僕の男子までノックアウトだもんね。だからアタシに良い考えがあるって言ったのに…」



(まあこれからが本番だし)



視界の端で小さくなっていく葵を心底楽しそうに見つめながら、斬魄刀を握り直した。
そして。





「……化けなさい、『千匹皮』」




 



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