葵はひどくあっさりと九番隊への左遷を受け入れた。
ぬかに釘を打つくらいあっさりと。
そして一度だけ、良々に対して頭を下げた。
乱菊が庇ったとされているあの場で謝らずにいれば、被害を被るのは乱菊だったから。



「……いつから知ってたの?」



移隊のための荷物を持って廊下を歩く葵に並びながら、聞いた。



「乱菊さんしか顔を出していないのに私の存在も知られていたときです」



下から煙が上がってきたあの時、顔を出したのは乱菊だけ。
それでも良々は二人の名を呼んだ。



「…あの時から…」



下に降りれば何かされるだろうことも、参らない自分の代わりにいつか乱菊を使うだろうことも、手紙がその手段だろうことも。
乱菊が手を上げればどうなるかも分かっていた。
だから左遷を命じられた時も動じることはなかった。



「葵、あんた十番隊じゃなくなるのよ?今までは一緒だったけど…」



先程からずっと眉尻を下げたままの乱菊に、嗚呼やっぱり、と思った。



乱菊さんは私と一緒だといけませんね。

どうしても優しいから。

私を守ろうとしてしまいますもんね。





「良いんです、九番隊ならお隣じゃないですか。市丸隊長とも一つ近くなりましたし」

「どれほど小さい気休めなのよ……」

「着きました」



一つ隊を移動するだけなので、それほど移動時間もかからない。
今日から入るだろう九番隊の扉を目の前にして、乱菊がありありと落ち込んだ。



「…もう、ここまでなのね」

「ええ。乱菊さんは仕事に戻る時間ですね」



もう何があっても庇うことが出来ない。
隊が隣同士とは言え、席官から平隊員に降格された葵と副隊長の乱菊には間がありすぎる。
顔を会わせる事さえ容易ではない。



「それでは」

「…じゃあ、ね」


頑張れとも、無理をするなとも言えずに顔を歪める乱菊に、葵が振り返って。
静かに、笑った。

乱菊が知る中で一番綺麗で優しい笑顔。
不思議と安心する静かな笑顔。
最近は乱菊が一緒でも見せることが少なかったそれに、驚いているうちに。

葵は九番隊の隊室の中へ消えてしまった。





















「新しく入った水無月 葵君だ」



紹介されて一応礼はしたものの、見て取れるのはひそひそ話と明らかな好奇の視線だけ。
もう『葵が』良々を殴ったと言う噂は広まっていた。



「何でうちに来るのよ…」

「なあ、東仙隊長も面倒だろうな」

「本当よ」



九番隊の中へ入ったとき、一番最初に連れて行かれたのは隊長室。
そこで東仙に。



「君がした事と私の主義は全くもって違う。なぜ君が私の元へ送られてきたのか甚だ疑問だ」

(…同感です)



などと言われたから東仙が噂を信じたのか信じてないのかは明白だった。
隊室の一番端に設けられた机についたけど、陰口も陰湿なイジメもここでは消えそうにない。



(でも隣の八番隊も七番隊も噂は信じているらしいし……)



更にその隣の六番隊は美花の信望者が多く、その隣の五番隊は考えるにもあらず。



(…五番隊…藍染隊長?)


どこか心の中でひっかかっている。
何だろうと、考えても分からない。
けれどなぜか葵は、藍染を美花一派には入れられなかった。



(……あと……)



もう一つ疑問に思うのなら。



(……卯ノ花は、どちら側なんだろう)



のんきにそんなことを考えた。
忍び寄る手の数にも気づかず。







昼休み。

仕事を抜けた直後に声をかけられた時点で、何が起きたのかは分かっていた。



「あんた何なわけ?美花どころか良々にまで手ぇ出してさあ」



人気のない廊下で数人の女子隊員に囲まれた。
すでに最初から平手打ちをされており、少しずつ関わりが過激になってきているのを感じた。



「ちょっと顔良いからって調子乗ってんじゃないよ……笑わないし、泣かないし、不気味なんだよアンタ!」



蹴られても変わらない表情の葵の視線の先には、怯えたように立っている良々。



「皆…もう良いよ」

「でも良々は……」

「良いよ、アタシ…水無月さんと話してみる」

「そんな危ないよ……」

「そうだよ良々……」



周りの心配を誘いつつ、それを振り払って女子隊員達をその場から返した。
その瞬間、儚げに笑っていた良々の顔が意地悪く歪んだ。



「久しぶりー、葵ちゃん」

「……」


「返事しろよ」



鈍い音と共に良々の足が腹部にめり込んだ。
嗚呼忌ま忌ましい、とぼんやりする頭で呟く。
笑えなくても泣けなくても、痛みはいつまでも消えることなく感じ続ける。

ジンジンと響く鈍い痛みに耐えながら顔を上げる。
良々が汚らわしそうにこちらを見ていた。



「あんたさあ…ギンの何なわけ?」

「…市丸隊長…?」

「そうよ、アタシ見てるんだから。前にあんたが一緒に話してるところ。まあ今は美花の味方だから良いけどね」



過去のいつギンと話していたか思い出そうとしたけど、あまりにありすぎるのでやめた。
昔なじみなのだから、ほぼ毎日だった。



「あの時アタシも話しかけてたのに、ちっともアタシに気付かないであんたと話してた…あんたはギンの何なの?」

(……言っても信じてくれないだろうけど)



「…昔からの、幼なじみで…」

「ふざけたこと言ってんじゃねえよ!」



同じところを攻撃され、息が詰まるほどの痛みがくる。
けれどここで歯向かえば良々はそれをネタに利用するだろうから、霊圧の流れを意識で操作して痛みを感覚の外に逃がそうとした。



「あんたが幼なじみ!?妄想もいい加減にしろよ!」

「…ッ」



苛立たしげに数回蹴った。



「ギンの幼なじみは松本だけよ!あの女はしょうがないけどね…副隊長だし。それに比べてあんたは霊術院すら出てないんでしょ、どうやってギンと幼なじみになれるってのよ!笑わせないでよね!」



感情のままに蹴りあげる足が鳩尾に入った。
腹の中から迫り上がってくるような鋭い痛み。
良々はそれを見届けると。



「もうギンに近づくんじゃないわよ」



ふん、と髪をなびかせて立ち去った。
恐らく女子仲間の元へ涙を流しながら戻るんだろう。
そう予想しながら立ち上がろうとして。



「…つっ…」



腹部の軋みに怯みながらもヨロヨロと立った。
顔には全く出ていないけれど、こんな時くらい表情が変わってもいい気がした。



(風音さんには彼女なりの理由があったんだ……まさかギン関係だとは)



ふう、と息を一つ吐いて、霊圧で治癒しようとしたが、首から下げている鍵に触れて思い出したようにやめた。



(…今の自分では治せない……治療室…行かなきゃ…)







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