零番隊の解散から一週間。
静かに戻り、静かに消えていった隊は周りに波風を立てることもなく、この世界の尺度ではほんのわずかな期間である一ヶ月の軌跡だけを残していった。

それを思い出す人も徐々に減っていくだろうと、皆分かっていた。


もちろん穏やかな春先の中庭を見つめる、葵も。




「…春ですね」



誰へともなくそう呟く。
日のあたる縁側に座って目を細めている葵の隊服は、黒に戻っていた。

本人の意思に関係なく総隊長から与えられた一週間の休暇。
特に趣味が多いわけでもないため、当然持て余すことになるわけで。

ただ春の日差しだけが暖かい。





「…春ですねえ」

「あんた今日でその台詞35回目よ」

「他に言うことがないんですよ」



いつの間にか背後に立っていた乱菊へ振り返らずにそう返す。
そんな葵の隣に乱菊も立ち、中庭を眺めた。



「しっかし静かねー……まあ今までが騒がしかったんだけど」



誰かが誰かを追いかけ回す声も、誰かが誰かを怒鳴り付ける声も、音も、匂いも、もう残っていなかった。
けれどそのことにこだわっているような素振りは、端正な横顔からは見受けられない。



「乱菊さんはまだお昼休みではありませんが、どうしました?」

「ああそうそう。総隊長がお呼びよ、私とギンも一緒に総隊長室に来るようにって」

「最後の日だからでしょうか」

「そうかもね。けど葵ほど嫌々休みを取る人ってのも初めて見たわ」



零番隊を解散した翌日から一週間の休暇を与えられることに、葵はかなり難色を見せた。
本来休みをもらっても乱菊やギンも休みでなければ暇を持て余す性格の身、嬉しいはずがない。

しかし総隊長の「解散翌日からお主ら全員を動かせはせぬ」というもっともな理由で、半ば仕方なく休暇を受け入れたのだった。





「それで連れてくためにギン探してるんだけど、葵見てない?」

「……市丸隊長ですか」

「今朝の朝食の時、わさび入りの豆腐に変えたことまだ怒ってるっぽいのよねー」



今朝の騒動を思い出しながら、市丸隊長でしたら…とぽつりと呟く。



「…恐らく乱菊さんのあしもー」


ズボッ!


「うおおおあ!」



言葉の途中で、思い切り乱菊の足下の床が抜けた。
縁側の真ん中で腰より下を陥没させた可哀想な姿でジタバタもがく。

そんな乱菊をやれやれと見つめながら、自分の座っている所をトントンと叩いた。



「市丸隊長、もう出てきたらいかがです?」

「あースッキリしたわ」



さも簡単そうに縁側の下から這い出してきた。
身長から考えて一体どんな体勢で入っていたのか激しく聞きたい葵だったが、乱菊の方が切羽詰まっていたのでそちらを優先させる。




「んなっ、何したのよあんた!」

「いやー葵が縁側の一部が少し脆い言うてたから。潜ってみたらほんまに脆くてびっくりしたわ」

「あんた絶対下から穴開けたんでしょ…!」

「言いがかりやわあ」

「だったらその手に持ってる紙ヤスリしまってから言いなさいよ!」



相当手酷くはまったようで、葵が手助けをしてやっと抜け出せていた。
どうやら自分が来るよりも早くギンが葵の所に来ていて、なおかつ縁側の下に潜んでいたことを理解する。

最悪のタイミングで最悪の場所に立ったものだ。



「脆い所も穴開いたし、これで修理呼べるで」

「ありがとうございます……と言って良いんでしょうか」



縁の下にいたということは総隊長の呼び出しの件も必然的に聞いているので、このまま三人で向かうことにする。

ただ乱菊の隊服についた木屑を一緒に払い落とすのに少し時間がかかったことを遅れた理由として素直に話すべきか、かなり迷った。








三人で並んで歩いている廊下の端を、どこかの隊員が忙しそうに駆け抜けていった。
真ん中を進む葵はそれを静かに眺めながら両端の些細な喧嘩を聞いていた。



「葵は総隊長室に行くの一週間ぶりだったかしら?」

「はい」

「結構長い休暇やったなあ」

「そうなんです。殺那達は二日後にはもう復帰していたというのに」



さらりと言ったその発言に、二人がぴたっと足を止めた。

ちょっと待てという顔をしている。



「どうしました?」

「いや、復帰ってあんた…」

「…副隊長さん達ここにおるん?」

「はい」



またもやさらりと流した肯定に、もうしばらく二人が固まってから。
目にも止まらぬ速さで葵の両肩を掴みにかかった。


 



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