私は流魂街の中でも特に番号の多い地区に生まれた。
人斬りや狂人は少ないが、その分極端に貧しい場所だ。

私の名前は「三日」と言った。
口減らしのために生まれてから三日以内には捨てる、と言う意味で親に付けられた名前だ。

けれど幸か不幸か私は三日では捨てられず、自分の境遇が分かるくらいの年になるまでは育ててもらえた。
その時は親の気まぐれか何かで生かされたんだと思っていた。







「三日、今日は出かけるよ」



齢十を何年か過ぎた頃、珍しく母親がそう言って私を外へ連れ出した。
冬の終わりが近づいた日だった。

ずいぶん昔のことだけどその時のことはやけにはっきりと覚えている。
頼りなく私の手を握って引っ張るように歩いていく母と、かじかむもう片方の手。
自分と同じように口から出る母の白い息。
少し歪に後ろから着いてくる雪にできた足跡。

母と言う存在を何だか久しぶりに感じて少しだけ幸せだった道のりの後。










私は人に売られた。










「人身宿」、と言う場所がどういう所なのかは知っていた。
鏡を見た事はあったから人より容姿風貌と言うものが優れていることも知っていた。


だから皮肉にも、自分の形がお金と交換されたことを頭はすんなり分かってしまった。




「や、嫌だ!お母さん!お母さん!」



宿主の男に掴まれて何度も叫んだけれど、母は振り向きもせずに去っていった。
その時に分かった。
三日なんて名前を付けておきながらなぜ私をこの年まで育てたのかを。

殴ることも蹴ることも、何一つ暴力をふるわなかった理由を。





私を生かす三日間の間に気づいたんだろう。

今のこの光景を。







泣いてもわめいても母が戻って来ることはない。
男に取り押さえられて逃げることもかなわなかった。
この年まで生きてきて決して思わずにいようと決めていた「絶望」の二文字が浮かびかけた時。

その声は聞こえた。










「すみません」










不意に聞こえた綺麗な声に、一瞬頭の中で続いていた混乱が水を打ったように静かになった。
思わず振り返った先にいたのが、その子だった。

透き通る女の子。
淡い色の服と真っ直ぐな、それでいて色のない瞳。
何の表情も浮かべない顔。

けれども目が離せない、綺麗な形をしていた。



その子からこちらに話しかけたのは今思うとこの時一度きりだった。
それでもその子が私へ話したことを、浮かべた顔を、私は全て覚えている。



「その人をどうするんですか?」



その女の子は聞いたことのない流暢な敬語でそう尋ねた。
それはこの地区では子どもだけでなく大人でも使わない物だったから、すぐにこの地区にいる存在ではないと分かった。



「このお嬢ちゃんはこれからここで働くんだよ、男の人のためにね」



宿主の男の言葉を聞いて女の子は頷いた。
分かったと言う意味なんだろう、この時からその子は綺麗だけど不思議なほど無表情だったから。



「その人は嫌がっていましたが」

「親に売られた子はそんなの関係ないんだよ。お嬢ちゃんの周りにも親に捨てられた子はいるだろう、それと同じさ」

「……ここでずっと働くんですか?」

「いいや、ある程度稼いだらここから出ていって良いんだよ」



笑いながら男はその金額を言った。
それは私にとって気の遠くなる値段だった。
それを払い終わる頃には私はおばあちゃんになってるって、計算ができなくても分かる。
それを聞いてもその子はまた頷いて、次は私の方を見た。

どうしたいのか、と聞かれた気がした。



「……嫌、だ……」



今まではどんな目にあっても良かった、お母さんがいてくれたから。
でも、今はもういない。
それなら私は私のために生きなければならなかった。



「……嫌、こんな所にいたくない!お願い助けて!」



その子はそれを聞くと、確かに頷いた。
そして自分よりも大きな体の男をしっかり見上げながら視線を合わせる。
その時の眼光の強さとその次の言葉が私の中から消える日は無いだろう。





「では私がそれを払います」















本当に一瞬だった。
あまりに浮世離れした台詞に私も宿主の男も戸惑っている中、その子は男の宿に何のためらいもなく入り込み。
その中にあった賭博場で全勝した。

それはもう言葉に表せば陳腐な単語しか出てこないけれど、本当に、一瞬で。
賭博とはこんなに勝てるものなのかと勘違いしてしまうくらいに女の子は金を作ってしまった。



宿主の男は言った通りその金額と私を引き換えた。
一時間にも満たない間に起きた出来事が幼かった私にはいつまでもいつまでも飲み込めなくて、劇的に変わっていく場面に戸惑っていた。

女の子と一緒に宿を出た後もただ混乱していた記憶がある。









「…ねえ」



たまらず目の前を歩いている不思議な女の子に声をかけた。



「はい?」

「何であんなに…賭博がうまいの?」



そう聞くと私の前を歩きながら、さあ、と首を傾げた。



「私は運が良いようなんです。そう言うことでは負けたことがありません」

「じゃあそれで生活してるんだ」

「いえ、お金を賭けたことは初めてです。多分これが最初で最後だと思います」



なぜかと聞くと、ずるいからだと答えた。
なぜずるいのかはよく分からないけれど、今はそれを使わなくても生活出来るからなのかも知れない。



「……ずるい事なのに、どうして私を助けてくれたの?」

「……私も、逃げ出したい時に助けてもらったんです。だから助けてほしい人がいたら、私もそうしたいと思っていました」



 



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