「葵様!」



殺那が空を連れて零番隊の隊室へ駆け込んで来たとき、すでに葵は美花と執務室の中へ入った後だった。



「ああ檻神、葵なら丁度今入ってったわ」

「では間に合ったのですか」

「ギリギリやけどな」



それを聞いて安堵の表情を浮かべる。
美花の姿が見当たらないため恐らく零番隊へ行ったのだろうと検討はつけたが、時間との戦いだった。
実際すんでの所で罠にはまるのを逃れた七猫は毛布の上で少しふてくされていた。





「葵様何を話してるんですかねー…」

「そうよね、花椿に話って通じそうにないのに」



今のところまだ悲鳴も罵声も聞こえてこない。
今まであらゆる手を使ってきた美花と二人っきりで話すと言う無謀な提案を行ってしまうのは葵らしいけれど、待機するしかない乱菊達にとっては心配の元でしかない。


各々が自分の席に戻り仕事を始める中で、殺那だけは執務室の扉をやりきれない表情で見つめていた。






「殺ちゃん?」

「………」



一人立っている殺那へ呼びかけた空の言葉に、ようやくこちらを向く。
その目には覚悟があった。






「…松本様と市丸様に、話さなければいけないことがあります」





しっかりと芯の通るまっすぐな声で二人に向き合った。



「……葵のことなん?」

「はい。この時が来たらお二人にも話すよう言われていました」



空がやって来る直前に、元柳斎の部屋で殺那にだけ教えられていた話。
それを伝わる覚悟が声と表情に滲み出て、思わず姿勢を正したギンと乱菊に気づき苦笑する。



「そんなに難しい話ではありません。お二人の知らないような昔の話ではないですし、知りすぎているごく最近の話でもありません」



「全ての始まりのお話です」






















――零番隊執務室


部屋の中央でいつも通り畳に正座している葵と、その前に立ち尽くしている美花。
当人にとっては計画の失敗。
そして味方が誰一人いない零番隊の中心に置かれているため落ち着けるわけがない。

ましてや相手は零番隊の隊長。
一瞬で自分の命を奪うなど容易いはず。




「…どういうつもり」

「何がです?」

「とぼけないでよ。私をこんなところに連れ込んだ理由」



ああ、と平然と反応した。
そんな葵を美花は眼光鋭く睨み下ろしているが、そんな脅しが効かないことは彼女が一番知っている。



「あなたに一つだけ聞きたいことがあったんです」

「…何よ」

「どうして私を狙ったんですか」



不意の質問に美花がぐ、と一瞬言葉を詰まらせるが、口を開く。



「あんたがムカつくからに決まってんでしょ。ちょっと騙して泣かせるか困らせるかしたら笑えるかもって思ったのよ」



そう言い放った言葉を全て聞いていたのかいないのかは分からないが、葵はゆっくり顔を上げて美花を見る。





「本当ですか?」

「……は?」



てっきりこんな悪態は受け流すか肯定するかのどちらかだろうと思っていたために、真意を問われることは予想していなかった。
思わず聞き返した美花から変わらず視線を外さない。



「本当に、それだけの理由ですか?」



なぜか言葉に詰まる。
声が続かない。
見下ろしているのは美花の方なのに、葵が呑まれる様子は微塵も無い。



「他に、理由があるっての?」

「ありませんか」

「…はん、何それ。新手の脅し?それとも別の理由を言わせて私を救ってやろうとか?」

「無いのでしたら無理に言わせる気はありませんけれど」



その言葉を頭の中で反復させて、体が固まった。
何てあっさりと言う女なのだろう。
無理に別の理由をでっち上げる気は無いと言ったが。

「救う」と言う言葉は、否定しなかった。

その意味にどうしようもなく体が反応する。
それと同時に、その奥底から黒い物が沸き上がってきた。
救う、救うだなんて。





どうしてもっと早く言ってくれなかった。







美花が勢い良くその場で自分の斬魄刀を抜いた。
なりふり構わずにまっすぐ葵へ向けて垂直に振り下ろすが、葵は避けすらしなかった。

食い破るような鈍い音と共に、畳に刃が突き立てられる。
葵の体に触れるか触れないかの位置に刺さったが、狙われた本人は息を荒げて柄から手を離す美花を静かな瞳で見つめている。

その目がたまらなく嫌だ。


 



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