「あ、藍染隊長ぉ…やっぱり良いですよぉ…」



震える声のまましっかりと藍染の服を握り締めている美花。
涙で濡れたうるんだ瞳で、付き添いの二人を見上げる。



「いや、美花君。ここは水無月君にちゃんと言っておいた方が良いよ」

「そうだよ、花椿君はこうして謝りたいと感じているんだから」

「はぃ…」



消え入りそうな美花の言葉を、藍染が引き継いだ。



「水無月君、君は無下にも斬魄刀を仲間を傷つけるために使ったそうじゃないか」

(……そう広まったんだ)



見事な現実改変だ。
その件に関してはこの際置いておくけれど、吉良はともかく藍染がこの場にいる事がどこか不思議だった。



「今回の件で君は悪いのは明らかに君だ。だが美花君は自分にも非があったのではないかといじらしくも責任を感じてしまっている。そんな彼女が君に謝りたいそうだ。聞きなさい」



促されてオズオズと美花が前に出てくる。



「あのぉ…美花は何か水無月さんに悪いことしましたか……?」



小首をかしげられても葵には困る。
いや、困ったりはしないが。



「いえ、何もしていないと思います」

「じゃあ…どうして美花のこと斬ったんですかっ?美花、水無月さんに嫌われたんじゃないかって不安で……」



美花がこぼした涙に、吉良と藍染が反応する。



「本来なら傷付いている花椿君が君を思って謝罪しているんだ。君も謝るのが筋ってもんじゃないのかい?」

「それは出来ません」

「……何だと?」

「美花さんは私が不快になる事をしていませんが、私も斬りかかっていないのでお互い謝る必要がありません」



その瞬間、わあっと美花が泣き出したのと同時に、二人の霊圧が上がるのを感じた。


「…君はどこまで美花君の気持ちを踏みにじれば……」



二人分の霊圧を向けられている事は確かなので、首から下げている鍵に少しだけ触れておいた。
その鍵から、仄かに熱を感じる。



「どなたの意見を信じるのもあなた方の自由です。ですが、私も私の意見を言う権利があります。花椿さんを踏みにじりたいわけではありません」

「っいい加減にしないか!」



葵の頬に熱が走った。
続けて痛みも。
吉良に殴られたと分かるのに時間はかからなかった。

殴られても葵が視線を相手から外すことはない。
その射抜くような瞳に、少し吉良がたじろいだ。
身近な人の中に見覚えがあったから。



「……その目は……」



叩かれた頬に手を添えながら、今までと何も変わらない表情で葵は立っている。
その作り物のような整った顔は畏怖のような物を抱かせたし、表情を見せないことで相手の嗜虐心を煽ることもあった。
今回はどちらだろうと、二人の男の表情を観察した。



「……この後は、どうしますか?」

「……何?」

「まだお話があるなら残りますが…無ければ仕事に戻ります。ですが叩いた後に話すより、叩く前に話していただきたいです」



力任せに拳を振るった自分を見透かされたようで、頭に血が上る吉良。
ああ、この感覚もどこかで感じたと、熱くなる頭の中で思った。



「やめないか、吉良君」

「しかし、藍染隊長……」

「今君が使った暴力は水無月君が花椿君に使った手段と同じだ」

「…あ…」



(…………あれ)



違和感の正体が何となく分かった。
やはり藍染は基本的に冷静な判断力を持っている。
それが何故、このような事件の真っ只中にいるのだろうか。

それからしばらく藍染は葵に詫びを要求するように睨んでいたが、不動の彼女を見て。



「…話にならないな、この事は後にでも話題にさせてもらうよ。行こう、吉良君、花椿君」



踵を返して去っていく藍染と、その後ろを小走りで追う二人。
それを見送りながら、今までの会話を振り返る。



(……どこから話しても、ギンと乱菊を混乱させるな)



うーん、と少し考えていたのだが。



「…仕事に戻っても、良いですよね?」



葵の投げ掛けに、隣にいたカエルがゲコ、と鳴いた。






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