狼に襲われた。
しかも七匹。
どうやら縄張りに引っ掛かったらしく、かなり怒っていた。

人間相手なら何人でも倒せるけど自分と同じ獣は別。
それでも何とか逃げ出して、いつも寝ている廃屋の屋根に戻ってきたときには身体中が血塗れだった。

傷が広くて深いことも限りなく自分の命がすり減っているのも野生の本能で理解出来た。
仰向けに倒れると今の俺の状態と酷く不釣り合いな良い天気の空が見えた。




こんなもんだ。



何も人が死ぬのは悲しい天気の日って決まってるわけじゃない。
晴れた空の下で死ぬ奴もいる。
誰が死んでも世界は変わらない。

意識が薄れていくのを感じたとき、ふっと頭上に気配がした。
閉じた瞼と前髪から入ってくる光の量が減って、何かが俺を覗き込んでいるんだと分かった。

一瞬狼の奴が追ってきたのかとも思ったけど、獣の匂いも何もない。
今もドクドクと体からは血が流れてるし痛みは続いたまま。
そんな時。






「あなたは、」






静かな声がした。
静かで、凛とした声。
多分血塗れの俺を見ていて、それでも落ち着いた声。





「あなたは、生きたいですか?」



…生きたい?
生きる、って、何?

ああ、今まで通りに戻るってこと。
俺がそれをしたいのか、したくないのか、ってこと。
そんなの。











「…分か、んね…」








これから先、『あの時』のような思いを味わうことがあるのなら生きたくなかった。
ないのなら生きてやっても良いと思った。
だけどそんなこと分からないから。

答えられなかった。








薄れていく意識の中、最後に開いた目に映ったのは。







透き通るように綺麗な女、だった。














(お帰りなさい葵様ー。瞬歩で帰るなんて珍しいですね)

(ええ、少し拾ったものですから)

(拾ったって何をー…わわっ、人じゃないですか!殺ちゃん、殺ちゃーん!)





どこか遠くでそんな会話が聞こえた。
夢を見ているような感覚の中で近づいたり遠ざかったりする声と足音。

そのうち辺りが温かくなって、血の抜けすぎでダルくて仕方なかった体が楽になった。
その瞬間は本当に死んだんだと思ったけど。
誰かの優しく頭を撫でる感触に、ようやくうっすらと意識が覚醒した。







「ん…」

「気がつきましたか?」



最初に聞こえたのは聞き覚えのある静かな声。
顔を上げようと少し動いて、俺は毛布の上に寝かされていることに気づいた。



ああ、俺まだ。
生きてんだ。



す、と今まで撫でられていた頭から手が離れたから本能的に視線がその先を追う。
そこにいたのは俺と同じくらいの歳の女。
あの廃屋の屋根の上で最後に俺の目に映った、綺麗な女。

こいつが俺を拾ったんだとすぐに分かった。



「…何で」



ここはどこだとも、お前は誰だとも。
そんなことを尋ねる前にまずこの言葉が出た。





「…何で俺を、助けたの」





そういう俺に、女は少しだけ目を見開いたけど。
それはやがて穏やかな表情になった。



「生きたいかどうか分からないなら、生きてみた方が良いですよ」



死ぬことはいつでも出来ますから、と言って少しだけ微笑んだ顔が、本当に優しかったから。
俺はこの時からこいつにだけは全く警戒心を抱かなかった。




 



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