朝。
かなり正確な葵の体内時計が起床時間を知らせて、今日はいつも通りに目を覚ますことが出来た。
幸い昨日のような空の襲来はなかったようだ。

やれやれ、と布団から体を起こそうとした時、足の方に不思議な重みがあった。
まさかと思い視線を滑らせると。







「……やっぱり」






七猫が見事に丸まって布団の上で眠っていた。
雪が降るこの時期には寒いだろうに、自分からどけた掛け布団を七猫に折り畳んでかけてやると小さな鳴き声を一つあげる。



(昨日が空で今日が七猫だから…明日は殺那かな)



何となくそう思ったけれど、それはあまりにあり得ないので撤回した。
ただ殺那なら自分が起きたときすでに枕元で正座でもしていそうだった。
それは怖い。

ようやく温まってきたらしい七猫を起こすのは可哀想だし、寝起きはいっそう甘えただ。
手早く身じたくを済ませると、もう一度しっかりと布団の中に猫をおしやって部屋を出た。

うっすらと雪の降った日の朝だった。















――――――……


「じゃあ葵、昼にまた行くわねー」

「そんならな」

「はい」



三人で朝食を終えて別れた後、零番隊の隊室へ向った。
今日は何事もない事を少しだけ願いながら歩いていた時、見えた隊室の前に隊員達が集まっていた。





「あ!葵様!」



やって来た葵へ空が青ざめた顔で駆け寄る。



「どうしました」

「…零番隊の、扉が…」



指差した向こうで、固まっていた零番隊の隊員達が葵にも扉を見えるよう身を引いた。
それを見た葵は相変わらずの無表情だが、声はわずかに低くなった。



「……ひどいですね」



扉には縦横無尽の切り傷があった。
ほとんど隙間なく斬り込まれ、所々は殴りつけられたのかへこんでいる。



「一番最初に見つけたのは誰です?」

「空です。朝一番に来たら、こうなってました……」



それを聞いて今一度扉を見やる。
傷の幅が広く深く斬られていることにすぐ気づいた。




「男性によるものかもしれませんね」

「猫ちゃんが『アレ』をやったとか?」

「いえ、『アレ』なら扉一枚では済みませんから」



悪意以外のものを感じられない目の前の行いに、歯がゆそうにしている隊員達。
零番隊が一部から歓迎されていない証拠でもあるから。

そんな中、葵は依然として表情を変えないまま。







「空、今から言う質問になるべく明るく答えてみてください」

「あ、はい!」



では、と言って扉を指差す。



「この扉どう思います?」

「えーとえーと…あ!十一番隊の傷だらけの扉みたいでカッコいいです!」

「ではそう思いましょう」

「はい!」



空以外の全員が「え!?」という目で葵を見たが、本人はすでに事件を忘れたかのようにテクテクと隊室に入っていった。





「中々良い考えじゃないか」

「うわっビックリした、殺ちゃん今までどこ行ってたの!」

「不振な人物がいないか周囲を見回っていた」

「う…」



空が冷静さで殺那に勝てる日は一生来ないと思われる。
大して動揺も見せない葵に続いて自分も副隊長席へつくため隊室へ入った。





「殺ちゃん、犯人探しとかしなくていいの?」

「ここは滅多に人が来ないから扉一枚犠牲になったところで問題は無いだろう。それに俺達は、嫌われるくらいがちょうどいい」



下手に良い目で見られては、解散の時と同じだ。
そう呟いた殺那の言葉が分からない隊員はいない。

かつて今と変わらない大きな権力を認められていた零番隊。
それゆえにその席を狙う邪な者達は多かった。


 



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