まだほんの薄暗い明け方。
この時間帯に起きているものは少なく、葵もこれと同じくまだ眠っている。
ところが。
ドタドタドタ…
その少ないうちの一人の足音が部屋の前までやってきた。
「葵様おはようございまーす!」
今日も元気な空がそう叫びながら葵へ布団ごとタックル。
それは見事にボディに決まったけれど何とか無言のままむっくりと起き上がった。
「…空、今は何時ですか」
「四時ちょうどです葵様!今日から零番隊で仕事できるなんて嬉しくて嬉しくて目が覚めちゃいました!」
「出勤時刻は八時でしょう」
「はいっ、なので先に隊室に掃除に行っても良いですか!」
「良いですよ」
「それじゃあ行ってきます!」
またどたばたと嵐のように部屋から出ていった空を少しの間呆然と見送りながら。
ああ、またしばらくはあの頃に戻るのだなあと実感したけれど、眠気には勝てずにまた布団の中へ体を戻した。
ぼんやりと眠りの中へ入っていく途中に、ふと小さかった頃を思い出す。
まだ乱菊やギンと一緒に流魂街で生きていたあの頃。
偶然出会った小さく可哀想な少女のことを。
「可哀想よねー」
不意に乱菊が朝食を食べていた食堂で呟いた。
「何がです?」
「いや、この卵焼き」
うーんと和食セットの定食にある卵焼きを箸でつまみ上げて。
「てかぶっちゃけ卵の方なんだけど、すぐ親と引き離されちゃった訳でしょ?そしてどこかに売られて生まれることなく卵焼きになる運命なんて」
「それを言っては何も食べられないでしょう」
「そうなのよねー」
せちがらい世の中よ、とボヤいてそのまま卵焼きを口に放り込んだ。
「……それ僕の卵焼きなんやけど」
「ほんなちっぽけなこと気にひないのよひんー」
「誰が『ひん』やねん、『ギン』や『ギン』」
「んなこと言ってたらデカくなれないわよ」
え、これ以上?みたいな顔をしているギンの前で、乱菊は卵焼き欲しさに今のらしくない話をしたのかと少し呆れつつ自分の食事を進めた葵。
咀嚼しながらも、周りのこちらを見る好機の視線には気づいていた。
今の葵は、絵画から抜け出したような姿形の零番隊隊長という肩書きと、美花を斬りつけた張本人という二つの噂で揺れていた。
二人の葵像が出来てしまい真意を確認したがる隊員の気持ちも分かるし、それをするようになってくれると有り難いので別段気にしなかった。
「…からよねー…葵?」
「はい?」
「どうしたのぼーっとして。零番隊が仕事始めるの、今日からよね?」
「ええ、今日から一ヶ月です。正確には八時からですが」
「ウチの隊長の隙をついて遊びに行くからね!」
「行っても大丈夫なん?」
それを聞いた葵が、はい、と箸を置いて口許を緩ませた。
「私の隊は、結構賑やかですから。」
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