ほぼ全員がギンに襲いかかっている間に、葵は察してその場を離れた。
自分を逃がしてくれたなら逃げないとギンが犠牲になった意味がない。

そっと執務室の奥にある窓から外の縁側に出た。
ぎゃあぎゃあと賑やかな声は遠くに聞こえるものの、その世界は静かだった。
空には満月とはいかない月が一つ。
それから本当に星の数ほどある星。

それらをしばらく見ていた時、するりと背後に誰かが立つ気配を感じた。





「殺那ですか」

「はい、市丸様が落ちました」

「早いですね」



よりによってこの綺麗な景色の中で報告すべき点はそこか、などと言うつっこみはこの二人の中には存在しない。



「他の隊員はどうしました?」

「仰られた通り、割り当てた隊舎へ移動させました。今日一日かければ馴染むでしょう」

「ありがとうございます……まだ宴会は終わらないようですし」



くるりと後ろの方にいる団体を振り返ると、秒殺でギンを潰し終えたので隠し芸大会に移っていた。








「次は誰だー!」

「はーい!零番隊第三席の四楓院 空!『声が遅れて聞こえるよ』やります!」

「やれやれー!」







「……空は酔ってるんですか?」

「いえ、水のみです。あいつは酒だと思い込めば水でも酔えるんです」

「幸せですねぇ…」



安堵の息をはいて、また視線を夜空へと戻した。



「七猫の奴はおとなしくしてますかね」

「さあどうでしょう。あれでいて寂しがりやですから」



ちら、とこの建物の屋根を葵の視線が追ったけれど、殺那の位置からではそこに何がいるのか確認出来なかった。



「こんな場所で何か考え事ですか」

「いえ、髪が長かった頃の殺那を思い出していました。今思うとずいぶん可愛らしい」

「…やめてくださいよ」



照れているのか困っているのかあやふやな表情。
普段芯のある殺那のこんな顔を見るのが、どうやら葵は面白いらしい。
出会った頃の殺那には考えられなかった事だから。

思えばずいぶん時間が経った。





「また一ヶ月、私の我が儘に付き合わせてしまいますね」

「どれだけお側にいたと思うんですか。一ヶ月なんてあっと言う間です」



むしろ、それよりも多くを望んでしまいそうな口を無理矢理閉ざした。
おこがましいことだと分かっていたから。
空を見上げる葵の美しい横顔を見つめたまま、決して口には出さなかった。

与えられた時間が一ヶ月なら、自分のすべきことを最大限にやり遂げよう。
ただ一人の隊長のために。
この幸せになるべき御方のために。








こうして零番隊復活の第一日目が、終わった。





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貴方に出会えなかったら俺は俺であれたでしょうか



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