裏庭を囲む廊下にもそこから下りたところにも人の海。
唯一庭の中央にだけ、いくらか広めな空間が空いている。
そこにはすでに六人の隊員がしっかりと待機していた。



「あら、あれが零番隊の隊員ね。檻神達いる?」

「あー、副隊長さんも空ちゃん言う子もおらん。葵もー……」

「私がどうかしましたか?」




不意に後ろから聞こえた声に、そこにいたのーと乱菊が振り返った直後。
固まった。

葵が、隊長服を着ていた。
それも通常の型ではなく白い隊服に黒い羽織と、色が逆だ。
背中に隊の番号はない。
色合いが違う隊長服こそ、唯一無二な零番隊の隊長であると言う証なのだろう。





「あんた隊服…!」

「ああ、正式な隊長になりましたので今日から着ることに。……変ですか?」

「ぜーんぜん!」



白い肌に白い着物が同調して、よりいっそうその存在が透き通って思える。
抱きついてしまいたかったが、今の葵には見た目の美しさに見合うほどの権威が備わっているため、触れる事さえ何だか躊躇ってしまった。




「あ、松本様!こんにちは!」



ひょこっと葵の後ろから顔を出した空。
喜色満面な笑みを浮かべてルンルンとしている。
それとは対照的に、いつも通りの顔で控えている殺那の姿もあった。



「空、あんた嬉しそうね」

「えへへー。これっ零番隊の腕章なんです!」



そう言って【零】と言う漢字と、鈴蘭が描かれた腕章をつけた腕を振った。
懐かしい零番隊の証が嬉しいのだろう。



「空、その辺にしろ。まずは宣言だ」

「はーい」



葵の到着が周りに伝わると、必然に群衆が道を開けた。
急ぐこともなく進む葵の後ろを離れずに殺那と空が歩いて行く。
人の中を通れば当然、言われることがあると思ったのだが。
覚悟して待っていても、それが聞こえてこない。




「……ねえギン、何か静かじゃない?」

「…多分あれやろ。葵の悪口が聞こえへんねん」

「あ、それだわ」



葵が姿を見せる場では必ずついて回ったあの根も葉もない悪態や暴言が、今日は全く聞こえてこない。
隊長格は葵の霊圧に潰されかけた経験があるので、口をつぐむのもまだ分かるのだが。



「……平隊員は多分、やっと葵の見た目のヤバさに気づいたみたいね」

「あー、気づかれへんままにしときたかったなあ」

「分かるけど…土台無理な話よ」



本来葵に備わっている、まるで作り物のように感じるその姿形の美しさ。
それは身近にいれば、嫉妬であれ憧憬であれ、人の様々な感情を掻き立てる。
しかし葵に『立場』や『肩書き』が備わり、身近な存在ではなくなる事で、ようやく人々は真っ直ぐにそのかんばせと向かい合えるようだった。





「……え、お人形みたいね」

「すげー……あれ、どこの誰?」

「九番隊の水無月さんだって、噂では聞いてたけど……」

「初めて見た……でも、あの噂は?花椿さんに斬りかかったって……」



歩くたびに聞こえてくる周りからの言葉。
その一部の単語に空が反応する前に、ピタリと殺那が歩みを止めた。
音もなく斬魄刀を抜き、少し離れた所に生えた松の木へ向ける。



「誇れ、炎呪」



次の瞬間、裏庭の隅にあった松の木が突如激しく燃え上がった。
一斉に群衆の目がそちらに行ったが、あっと言う間に松は燃え付き灰になり、それすら消えた。





「今から俺の耳に届く大きさの声で葵様の軽口を叩く者は、燃やす」





水を打ったように静まった周りを確認して、チンと刀を鞘に戻した。



「ありがとうございます、殺那」



そう言い葵が裏庭の中心へ到着した時、すでに来ていた六人の隊員が一斉に膝をついた。



「久しぶりですね、皆さん」

「お久しゅうございます」


全員が声を揃えて返事をする。
葵が許可を出したので、全員が
再び立ち上がる。
その隊員達の中に殺那と空も加わり、残りは一人。
それは最早いつものことなので隊員は誰も何も言わない。



「来なさい、七猫」



瞬きをした次の瞬間には、一つだけ空いた場所にもう七猫が立っていた。
人前や集団行動が嫌いな猫は隊長に呼ばれた時しか来ない、呼ばれている間しかいない。
それは零番隊内では分かりきっていること。

その後計らったようにやって来た総隊長への宣言を、殺那はいつもより険しい表情で、空は涙ぐみ、七猫は変わらず眠たそうに。



葵は群衆の一番前列に恋次と並んでいた美花を見つめながら、厳かに執り行われた。







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