「市丸……」

「しばらく牢にでもぶちこんどけばええんやろ?」

「ああ、ぜひそうしてくれ」

「そんならやったるわ。美花ちゃんいじめた罰や」



ちら、とまだ泣いて震えている美花を一瞥した。



「なら頼みます市丸隊長……」

「気にせんとき、はよ休ませたらな」

「はい」



ぞろぞろと隊長類が美花と恋次にくっついて部屋から出ていった。



「大丈夫?美花ちゃん…」

「女の子なのに何てことを…」

「水無月さんがあんな人だなんて思わなかったわ」

「本当だよ」



やがて、ピシャッと障子が閉じられた。
二人きりであるその音を聞いた瞬間、ふう、と葵が息を声に出す。



「ありがとうございます、市丸隊…」

「ギンや」

「…ギ…いえ、市丸隊長」



やれやれ、とギンも肩をすくめる。
その顔にいつもの張り付けた笑みは浮かんでいない。



「葵の敬語の癖は中々戻らんね」

「…これが素ですから」



そう言って部屋の畳に二人で腰を下ろす。



「そんで?なして葵はあんなのに引っかかったん?」



あんなの、とは美花のことを指すのだろう。
先ほどまでさも彼女を思っているようや口振りだったのに。



「市丸隊長の演技力には敵いません」

「演技やあらへんよ、正反対のことを言っただけや」

「それを素知らぬ顔で言うから演技になるんですよ」



クスリと葵が笑った。
本当に静かな、ともすれば見逃してしまいそうな笑い方。



「…市丸隊長?なぜ顔を向こうに向けるんですか?」

「……気のせいや。まあ今はここにおることにして、どないする?これから」



偉いことになってしもたなあ、と少しだけ重たく言った。
けれど、葵はそこまで気にしていないらしい。



「どうにもしませんよ。少ししたら隊室に戻ります」

「あーそらアカンて、多分もう相当噂回っとるで。ほとんどの隊長さんと副隊長さん来とったからなあ」



大きな会議の帰りやったし、と面倒くさそうな顔になる。
そんなギンを見て、葵が思い出したように聞いた。



「そう言えば、市丸隊長は信じてくれるんですね。私を」

「葵がそないな事したら天変地異起こるわ。多分もう乱菊も噂で聞いとるやろけど、まああいつは悪ノリでもするんやなー…」



口に出した瞬間、世の障子が立てる音では決してない音を立てながらそれが開いた。
そこに立っていたのは物凄い形相の乱菊。



「葵!何であんた花椿の腕ちぎれるくらい斬らなかったのよおお!!!」

「…ほらな」






障子を壊さんばかりの勢いで乱入してきた乱菊によって、雑談が少しばかり挟まった。



「それで隊室に戻ってきたらもうその話題で持ちきりよ!葵がブリ女斬りつけたって!」

「どこの魚人や」

「ブリ女って言ったら花椿に決まってんでしょ!ああ名前言うのも腹立つっ…」



ぶるるっと身震いする乱菊。
ギン、葵、乱菊と三角形に向かい合って座っている。
小さな子供が密談するように。



「何や?乱菊はほんまに葵がやったと思うとるん?」

「違うけどやってくれたらなって思ってね。まあ葵の性格上絶対にそれは無いんだけど何かしら、願望?」

「願望…」

「切なる願いとも言うわね。それよりあんたかなり酷いこと言われてたわよ。ほとんどの隊長格も完全に花椿を信じてたし…」

「良いですよ」

「良いって……」



悔しさも悲しさも怒りも焦りも浮かべない。
全くの無表情な凛とした顔で。



「さして気にもしていません」



本当に気にしてなさそうに言った。
ソレが嘘ではないことを乱菊もギンも知っていて、分かっている。
葵の世界は自分達二人が埋めていることを。



「まあ葵がええ言うならええけど…」

「ってかここ花椿の部屋なんでしょ?よしアイツの口紅使って鏡に『乱菊参上ー☆』って書いてやるわ」

「やめてください」







乱菊に促されて自分の部屋に戻った葵。
今日はかなりゴタゴタしているから、明日普通に出隊したほうが良いと言われた。
部屋着に着替えて、物の少ない自室の壁に寄りかかる。
いつもはまだ仕事をしている時間帯だからやることが無い。





思い出されるのは。


隊長達の冷たい瞳。


副隊長達の冷たい言葉。


自分の上司の戸惑った表情。


それら全てが、今はもう遠い所にある。




(ギンと乱菊に、迷惑をかけてなければ良いんだけど……)



思い出したように自分の首からかけてある鍵型のネックレスに触れた。
やることも無く寝る選択肢を選んだ葵に、少しだけ静かな時間が流れる。

これから起こる日々に備えさせるように。






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おやすみ いつもの毎日



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