声をかけて、話すようになって、今みたいに隣あって座るようになって。
よう分からんけど、それが何となく。
毎日になった。
「…やっぱ謝らなあかん?」
「それは相方さんも悪いですが、ギンも言いすぎです」
「せやかていつもこうやからなー…」
「ギンと相方さんは喧嘩ばかりですね」
「しゃあない。多分、何もかも正反対なんやろ」
「人は自分にない物を持つ相手と惹かれ合うんですよ」
「…葵、お前いくつや」
「分かりませんけど多分…私の方が年下かと」
「…なしてそんなに悟ってんねん」
「……さあ」
葵に会うと二回に一回は乱菊との喧嘩話になっていたけど、毎回葵に言いくるめられては仲直りしとった気がする。
「うわー、もう日ぃ暮れかけとるやん。そんならなー葵」
「はい」
いつも別れるとき葵は何も返さない。
じゃあまた、も。
さよなら、も。
僕らの中でそう決めてたから。
いつかはどちらかがいなくなることを。
また来ることを前提に別れられるほど僕らが生きとる場所は優しゅうないことを。
知っとったから。
それでも僕は葵に手を振ってしまうんやけど。
次の日。
その日はたまたま食べ物探すのに時間がかかって、葵のとこへ行くんが遅くなった。
ただいつもと同じように、『そこ』についただけやのに。
「………は……?」
葵はおらんかった。
いつも境界線の近くにある木の下におったのに。
今その木は、ちょうど葵の首の高さで、見るも無惨に折られていた。
「さっきここで虚が暴れたらしいわよ…」
「そうそう、小さい女の子が食べられちゃったんですって…」
「怖いわねぇ…」
側を通りすぎた女の会話。
境界線近くにある血痕。
いない葵。
…そうなん?
昨日が、最後やったん?
ああ、僕は何回も嘘なんてつき続けて来たけれども。
ほんまに嘘みたいや。
それからどうやってそこを動いたんやろう。
心はこんななのに、しっかりと足が乱菊との待ち合わせ場所に向かっていて、どうしようもなく笑えた。
いつかはこうなるって分かってたのに、なあ。
ああ、そうか。
思い出した。
葵と初めて会ったあの日。
言葉もろくに交さんかったあの日。
葵は僕に、笑ったんや。
拾ってくれて、僕がおおきにって言うて。
そしたら葵は、この世で一番綺麗な笑顔で、僕に笑うてくれたんや。
顔つきも笑い方も違うのに、その笑顔が何となく、あいつに似とって。
今まで僕にそんな風に笑ってくれた子、ほとんどおらんかったから。
次の日も葵のとこに行ったんや。
なして忘れてたんやろう。
待ち合わせの場所に乱菊はまだおらんかった。
いつの間にか座り込んでいた。
…はは、これから僕、乱菊と喧嘩したらどうやって仲直りしよ。
暇な時どこに行こう。
優しく笑ってほしい時誰に会ったらええんやろ。
「…ちょっとギン、どうしたのよ」
頭上から乱菊の声がした。
「何?うずくまっちゃって具合悪いの?」
「…何でもあらへん」
「なら顔上げなさいよ、あんたらしくもない…」
「…それより乱菊も遅かったやん、何してたん」
「あー…えっとそれはー…」
言いよどんだ乱菊があーもう!ってムシャクシャした声でしゃがんどる僕の頭を叩いた。
「良いから顔上げなさいっての!あんたが絶対許可しなさそうなことしちゃったんだから!」
「…何やねん、お前は…」
そう多少けだるく思いながら、顔を上げた。
そこには。
――乱菊に手を引かれた葵がおった。
…なして、なして乱菊が葵連れとんの。
なして葵が八十番地区から出とんの。
「虚から一緒に逃げてきた子なんだけど…葵って言うのよ」
うん、知っとる。
「…お前、どこ通って逃げてきたんや?」
「は?八十番地区の近くにある抜け道だけど」
お前知ってたんかい。
あんな、早く言えや。
葵は葵で驚いたみたいに目ぇ見開いたけど、それだけで相変わらず表情は変えんまま。
「…ギン?」
「あほぉ!」
ビクッ
ちゃんと声に反応したのを確認してから長い息を吐いた。
良かった…ほんまに…。
ああもう乱菊がめっちゃ変な目で見とるけどどうでもええわ。
「それよりギン…葵も一緒にいちゃ、だ」
「ええで」
「早ッ!」
「何や乱菊、お前が連れてきたんやろ」
「いやまあそうだけど…そんなあっさり許されるとは思ってなかったんだもの。ところであんたら何?知り合いだったの?」
「ん?全然知らんよなあ、葵」
「そうですねギン」
「ちょっ何それ!絶対知り合いじゃないの!」
「せやからちゃうてーなあ葵」
「あんたが初対面で呼び捨てすること自体がおかしいのよ!」
「ふふ」
葵がまた、初めて会った時みたいに優しく僕らの間で微笑むから。
乱菊が怒鳴るのを不意にやめた。
「…何か、葵が近くにいると喧嘩できないわ。帰りましょ」
「せやな、これからは嫌でもずっと一緒なんやし」
「…よろしくお願いします」
葵の右手は乱菊が。
葵の左手は僕が。
夕焼けの中で、三つの影が合わさって長く伸びた。
それを見つめていた葵の瞳に映った夕日の温かい色が、きっとこの世で一番美しい色だと、僕は何十年経っても思い続けているに違いない。
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