線で区切られた二つの世界。
僕はこっち側の住人。
君はあっち側の住人。



「葵ー、生きとるー?」

「ああ、こんにちは。ギン」



まだ僕も葵も小さかった頃。
葵はいつも『あっちの世界』におった。

流魂街北第八十番地区。

七十九番地区との境界線スレスレでいつも僕らは会う。
境界線の近くにある木の下に、どんな日でも葵はおったから。



「相変わらずちっこいなあ」

「普通ですよ」

「そうか?」



境界線の端にある壁に寄りかかって座りながら話をした。
僕は絶対八十番地区に入らんかった。
出られんようになるから。

葵は絶対八十番地区から出んかった。
出たくても、出られんから。




「誰も見てへんから大丈夫やないの?」

「前にもそう言って一人他の地区へ出ていった人がいるんですけど……袋叩きにされて戻って来ました」



そうさらりと無表情で言った。
まあ八十番地区から来るやつなんてどの地区も受け入れるはずないか。



「別の地区への抜け道くらいありそうやけどなあ」

「ええ、誰も知らない抜け道があるそうです。今までに何人かそうして別の地区へ逃げたらしいのですが、残念ながら私は知りません」



抜け道かあ…何や乱菊なら知ってそうや。
…無理か、あいつには八十番地区に近寄るな言うてあるし。



「ここから出たいん?」

「出来れば、ですね」

「でも葵が出てったら悲しむ奴はおるやろ」



そう言うと、葵は曖昧に微笑んだ。
今みたいなことを聞くといつもこんな儚げに笑うから、この僕がこれ以上追求出来んようになる。

葵と初めて会った時のことは忘れた。
忘れる言うより、あんまり普通すぎて覚えとらんのやろうと思う。
確か僕が八十番地区の中に何か落として、境界線を越えられんから近くの木の下にいた葵に取ってもろて。



ただそれだけやった。



名前も聞かんかったし、言葉も少ししか交さんかった。
もう会うことも無いやろと。



「思っとったんやけどなー…」

「何か言いました?」

「んーん、何でもあらへんよ。ちょっと考え事をな」

「また相方さんとでも喧嘩されたんですか」



相方…ああ、あいつか。



「相方なんて仲むつまじいもんやないわ。あんの小憎たらしい…」

「でもギンが相方さんの名前を教えてくれませんから、私は相方さんとしか呼べませんよ」

「んー…でもあいつ自分の名前嫌いなんや」



そないに変な名前でもあらへんのに。
『乱菊』なんて。
ああ、そういや僕が葵に会いにここ来とることあいつ知らんなあ。


葵に初めて会った次の日、何でか僕はこの八十番地区の境界線にまた来てしもて。
葵は前と同じ、境界線の近くの木の下にいた。

一人でずっと。

次の日もその次の日も、同じ木の下に。



 



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