市丸隊長どうして…そんな顔、してるの?
『葵』に話しかける隊長の顔に、貼りつけたような笑みはなく。
自然なままの、笑った顔、困った顔、焦った顔。
そして、本音。

どうして?
あなたはそんな顔しなかったはず。
見せかけの笑顔で生きてきて、本当の姿を誰かに見せなんてしなかったはずでしょう。
見せる人なんていなかったはずでしょう。



悔しくて。
焦って。
どれだけ歯に力を込めても私怨が取れるわけもなく。
取れていくのはアタシの顔と心の化粧ばかりで。

化けの皮を被った同士、分かり会えたらなんて夢だけど。
醜くもアタシはそれを願って、顔も見えない『葵』に嫉妬した。

焦って、どこかで市丸隊長と出会うたび積極的に後ろから抱きつきもした。
それでもあなたは、アタシの名前なんて一度も読んでくれなかった。

だから美花と手を組んだのよ?
あの女とアタシが友達なわけないのに、皆信じちゃうんだから。
ただ綺麗なもの同士抜け駆けをさせないために美花が言い出した虚構なのに。




(風音さんって、きっと、私と同じ目的だと思うんだけどぉ)

(私たち友達ってことにしないぃ?そしたら敵対し合わずに嫌な奴だけを消せるでしょ)



ああそうだ。
その通りにアタシと美花は敵対しないで『葵』を懲らしめる計らいが出来た。


水無月 葵


何をしてもくたばらないアイツにとどめを刺そうと、檜佐木達と一緒に謹慎中のアイツに会いに行った。
だって思わなかったんだもの。


そこで、まさか。

市丸隊長が、来るだなんて。



ギンが…来るだなんて。




皮肉よね。
初めてアタシを見て「良々ちゃん」って呼んでくれたのはその時なのに。
それはアタシを奈落の底まで叩き落とした時の台詞なんだから。




(僕は僕みたいに化けの皮を被っとる子が大っ嫌いやねん)





「ひっ…」


嗚呼、嗚呼、今でも思い出すだけで震えが悲しみが恐怖が止まらない。
冷えきった冷たい目で、貼りつけたあの笑顔で、化けの皮の優しさでアタシの頭をなでて酷く残酷にアタシに言ったその言葉。
生まれて初めて言われたわけではない、化粧を知る前はたくさんの人に言われていたけれど。

仲間だと思っていた人に言われたのは初めてだった。






市丸隊長が水無月の手を引いて出ていった後、取り残された私は。
恐怖と、絶望と、恐怖で。




「い…嫌あぁあああぁぁあああぁあぁあああぁあぁぁあああああぁぁあああぁぁああああぁあぁああああぁあぁあああぁあぁあああああぁぁああぁあああ!!」









狂うように叫んだ。



嫌われた。

市丸隊長に嫌われた。



止める檜佐木の声も耳に入らない。

アタシは部屋を飛び出すと、無我夢中で走り続けた。

狂ってしまいそう。

ああもう狂ったのかもしれない。



頭の中がゴチャゴチャでだけどこの先に希望なんてないことくらい分かっていた。
市丸隊長は完全にアタシを見放した。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
誰でもいいから止めて、私を止めて。

お願いそんな目でアタシを見ないでそんな言葉をアタシに言わないでそんな優しくあの女に笑わないで。

そんな人みたいな表情しないで。








だってあなたはアタシと同じで化けの皮を被った人になれない獣でしょう?






「嫌あああああああ!!!」



ドンッッ


必死で走っていた途端に誰かにぶつかった。
その瞬間脳の芯が冷える。



「あんた…」



見ないで見ないで見ないで!
お願い全世界の人私を見ないで!
だってもう化粧なんて崩れてしまって到底見せられるものじゃないの!





「……葵?」

「……は?」



ゆっくり顔をあげると、アタシがぶつかった相手は松本乱菊だった。
息を切らしながらとっさに壁にある鏡を見ると、なぜか千匹皮の暴走で水無月に化けてしまっていた。

けれど今はもうそんな事などどうでもいい。




オ願イ アタシヲ見ナイデ――





もう

自分でも自分を止められなかった。









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化けの皮が取れなくなる日



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