正確には七猫なのだけど、この場で言えば混乱を招きそうなのでやめた。
途端、ガバッと男の一人が葵の首を押さえ込んだ。
本当は手で絞めたかったのだろうが、ギブスを付けているため腕で絞め落とそうとしてくる。
メキメキと嫌な音が自分の首から聞こえ始めた。
もがけばもがくほど絞まるだろうと分かったので、静かに抵抗もせずにいた葵へ。
残りの三人の男はスラリと、真剣を抜いた。
「!」
「目には目を、歯には歯をって知ってっか?やられたらやりかえせ。怪我させられたら怪我させろって意味だ」
それくらいは知っている。
葵もよく思う言葉だ。
『因果応報』は。
「…へっ、ビビりもしねぇか。その綺麗な面、なくなっちまうぜ」
そう言って三人とも大きく刀を振りげた。
その時。
「楽しそうやねぇ」
「「「!」」」
振り返ると、いつの間にか開け放たれた襖の前にギンが立っていた。
隊長格の声がした瞬間に、パッと今まで葵を掴んでいた手が離れ、すぐさま刀を鞘にしまう。
良々は想い人の突然の来訪に喜び、男隊員達は自分達にこの怪我を負わせた張本人であると思っているギンに対して明らかに怯えていた。
「……何の用ですか、市丸隊長」
檜佐木が取り繕った声で聞いた。
あくまで何も無かったフリを決め込むらしい。
ところがそんな言葉などなかったかのように良々の前に歩いてきたギン。
「君が良々ちゃんやね?」
とギンが小首を傾げながら聞いてきた姿に、すぐニッコリと笑顔を浮かべた。
(何だ、アタシのことちゃんと知っててくれたのね。これなら……)
「は、はい。そうですけどー…」
檜佐木の後ろに隠れながらも、しっかりと返事をする。
ギンの襲来は予想外だったが、この場で良々にとってだけは嬉しい出来事だったようだ。
「いつも名前間違ってすまんなあ。本名何て言うん?」
「えと…風音良々ですっ」
「へぇ、可愛ええ名やね」
「あ、ありがとうございますっ」
明らかに好意的な態度を良々が見せるので、着々と回りの男達の嫉妬を買っているギン。
更にズイッと良々に顔を近づけた。
「名前と一緒でえらい可愛ええねぇ」
「そそそそんなことないですっ。あ、あの私…市丸隊長のこと…」
「ああ、ええよ。知っとるから」
「え!?」
自分の気持ちに気付いていたことに嬉しそうにギンを見上げる良々。
しかし。
「勘違いしとらん?」
「…え?」
「自分以外のことは何にも分からんみたいやねぇ」
貼りつけた笑顔でニッタリと笑いながら、ポンポン頭を撫でて視線を良々と同じにした。
「僕は僕みたいに化けの皮被っとる子が大っ嫌いやねん」
その性格全部治したらまたおいで。
手酷くフッたるから。
辺りに沈黙が走る。
「い、市丸…!」
「何やの?檜佐木君。市丸隊長、やで」
目の前で大きく目を見開いて、言葉を出せずにいる彼女を置いて。
「そんなら帰ろか」
と葵の手を引っ張っていったギン。
引っ張られながら振り返って葵が見た良々の顔は。
絶叫する直前の顔だった。
部屋を出て、手を引かれながら歩いていく。
黙々と歩き続けるので、どうしたものかグルグルと考えていた。
「……市丸隊長」
「何や?」
声をかけると、ピタリと足が止まった。
葵の顔を覗き込んだギンの顔が、楽しそうに歪む。
耳元まで裂けていそうな口元を見つめながら、しばらくかける言葉を探していたが。
「ありがとうございました」
「お礼言うんやね」
「少しだけスッキリした自分がいますから」
「葵黒いわー」
「……これくらいは、許してもらいましょう」
「まあ僕も少しスッキリしたしな」
それを聞いて、葵が昔乱菊が話していたことを思い出した。
(ギンはちゃん付けで呼ぶ女は基本的に好きじゃないのよ。アイツが気づいてるかどうかは知らないけどね)
基本的にと言うのは、ちゃん付けでも一人だけ嫌いではない人。
やちるがいるからだった。
「それにしても驚きました」
「突然僕が来たからか?」
「それもありますけど…市丸隊長は花椿さん側のフリをしていたじゃないですか」
「あーアレか。何やもうどうでも良くなってなー」
「どうでも……」
それを聞いて、クスリと笑った。
「ギンらしい、ですね」
「っ!」
とっさにギンが顔を背けた。
「…どうしました?」
「い、今…」
「……あ」
葵が思わず手を口に当てた。
考えずしていつの間にか名を呼んでいたようだ。
思わず赤くなった顔を反らしてしまうほど、あまりにも懐かしい言葉。
「つい出てしまいました」
「いやそれはええけど…てかずっとそのままでええやん」
「市丸隊長は、隊長ですから」
そういう葵の顔を未だに見る事が出来ない。
昔のような名前呼びもさることながら、相変わらず彼女の笑顔にはこちらも頬が緩んでしまうから。
その笑顔を見られるのがほとんど自分達だけだと思うと、余計に喜びが出てくるから。
「でも、今私謹慎中なんですよ」
「せやったね。そんなら僕の部屋に一回隠れよか。イヅルは追い出せばええし」
もう、と軽く咎める葵、を貼りつけていない笑顔で見つめた。
(やっぱりこうやないと、僕はあかんね)
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けれど 一人の少女の崩壊を知らなくて
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