「…やちるさん、ですか?」

「そだよっ。えへへー」



にぱっと顔を上げてその笑みを見せた。
葵の足に抱きついたまま離れようとしないが、それを引きはがそうとはせずに静かにやちるへ問いかけた。



「どうかしました?」

「もうっ、だって葵ちゃん全然遊びに来てくれないんだもん。だからやちるが来たの!」

「ああ…すみません」



そう言えば以前十一番隊へ連れていかれた時、去り際にまた遊びに来る約束をしていた気がする。



「けれど、今は謹慎中なんです」

「知ってるよー。何か女の子達が言いふらしてたから。もうどこの皆も知ってると思うよ?」

(……乱菊とギンにもバレてるかな…)




恐らくそうであろうと確信できる。
午前中に抜け出したことや縛り付けにされたことを教えずに済んだと安心していたら、こうなってしまった。

つくづくあの二人には嘘をつけない運命なんだと実感する葵。



「謹慎だって聞いたからやちる、
葵ちゃんの部屋まで来たんだよー」

「そうだったんですか。でも私の部屋はー…」



ドタンッ バタンッ



「………」

「あれ、誰かいるの?」

「ちょっと女子隊員の方達が掃除をしてくださっていて…」



あの数少ない家具をどうすればああまで大きな音が出せるのか。
小さな机に一つの箪笥。
確かそれだけしか自分の部屋にはなかったはずなのだけど。



「じゃあ十一番隊で遊ぼ。やちるが瞬歩で連れていってあげるから!」

「はい、お世話になります」

「やった!」








―三番隊隊長室


「市丸隊長!」

「何やー?イヅル」

「水無月君が謹慎処分になったそうですよ!」

「……は?」



やけに意気揚々とやってきた吉良が、嬉しげな口調で話す。



「隊長知らなかったんですか?三日間の自室謹慎になったって」

「…いや、知らんけど」

「そうでしたか。何をしたかは分かりませんが、恐らく妥当な処罰でしょう」



ずいぶんと破顔の笑みを浮かべる吉良を見て、不意にギンが聞いた。



「…イヅルは、美花ちゃんの味方なん?良々ちゃんの味方なん?」

「え…いや、それは…」



急に赤くなってどもる。
そう言えば良々は吉良の推薦で七席になった。
直感的ではなくとも大体良々だろうと言うのは想像に固くない。
ふと、いつだったかかなり前の話を思い出した。



「藍染さんに聞いたんやけど、イヅル美花ちゃんの事もかばっとらん?」

「藍染隊長……ああ、裏庭で美花君が水無月君に話があるからって、藍染隊長と一緒に着いていってあげたんですよ。何をされるか分かりませんから」

(それはこっちの台詞やけどね)



美花は良々の友達なので手を貸してあげただけ、と吉良は言ったが、ギンが聞いた藍染からの話は続きがあった。



「そんで、『吉良君がとても勇ましかったよ』とか言っとったで」

「ああ、そんな勇ましいと言う程のものでも…。ただあまりに水無月君が聞き分けなかったので、少し手をあげてしまったんです」


「…何やて?」



一瞬ギンの顔から笑みが消えた。
長年副隊長をやっている経験から、その表情が危険である事をすぐに察知する。



「た…隊長?」

「…今イヅル、何て言うた?」

「え…」



次の瞬間にはもう笑顔に戻っていたけれ。
張り付けたような、笑顔に。
知っている、この笑顔は警告だ。


いつもより深く、恐怖を感じるほどの微笑みを崩さないまま、ギンが一歩近づいた。



「手をあげたんはどういう意味や、って僕。聞いとるんやけど」

「あ……僕が、水無月君を殴ったと言う……意味です」



吉良の拳が否応なしに震えた。
目の前に立っている隊長が、言いようもない殺気を放って自分を見ている。
閉じているように見える目なのに、なぜこうも視線が痛いのか。

どうして怒っているのか怒られているのかと言う理不尽さなんて考える余裕はない。
射抜くような瞳。



「何怖がっとるん?イヅル。僕怒ったりしてへんよ」

(……嘘だ)



とっさにそう確信した。
本当は全て、自分の中も全て分かっているくせに敢えてそう言うのは。
心も思考も見透かしておいて敢えてそう言うのは。



「ああ、そろそろ仕事に戻らなアカンな。下がり」

「は、はいっ!」



即座に部屋から出て襖を閉めた吉良。
なぜギンがあれだけ怒りを露にしたのかは分からない。
けれど、あの時裏庭で葵の頬へ手を振り下ろした後。

戸惑いもせずにただ自分を鋭く見つめるあの瞳を。

淡々と全てを見透かして発する言葉を。

頭に血が上るような、けれども何も反論できないような感覚を、どこかで感じたように思ったのは。
気づけばずいぶんと簡単な答えだった。




(…全て、市丸隊長に似ていたからだ)










吉良が去った後、あー、と呟きながら首を捻る。



「さーて…どないしよ」



吉良の発言で笑顔が変貌する前に何とか追い払うことに成功した。
けれど、追い出したところでこの思いが晴れると言うこともない。



(ああ、ここに零番隊の副隊長さんがおったら良かったのに)



そうすれば、自分の代わりに相当なことを吉良にしてくれたかもしれないと、そこまで考えて。



(……もう、ええか)



そう思った。
思い返せばずいぶんと我慢した、もうこれ以上自分が耐えてやる義理もないだろう。
媚びるにも限度と言うものがある。
生憎そういう腕では敵方に劣るつもりはない。



「美花ちゃんと、良々ちゃんやね……やっぱり大人しゅうしとるのは割に合わんわ」



ギンが、作り笑いではない笑いをニタリと浮かべた。







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