「今ここで水無月の行動を聞いても明確な答えは返ってこねえよ」

「……ふん、自分の行いを雄弁に語るのが悪だと思っていたが、違う場合もあるのだな」



隣にいる殺那が右手を握り締めてこらえている音が葵にだけ聞こえた。



「それから檻神君、君はなぜここにいるんだ?」

「……規律を破ったものに渇を入れるためです」

「そうか、さすがは私の部下だ」

「いえ…規律は、守るためにありますから……」

「お前に似たな東仙。俺の部下は今日も仕事をサボってどこかに行ってるぜ」

「全く…十番隊隊長の君の顔を立てて彼女を引き取ったんだ。君からも言い聞かせておいてくれ」



そう言って葵に侮蔑の視線を向けた。



「…もう良い、水無月隊員。君は隊内の規律を破ったことにより三日間自室謹慎とする」

「な……」



驚きが声になって出たが、その反応は殺那のもので。
葵自身は東仙の瞳を見つめたまま表情を変えなかった。



「私は除隊を薦めたんだが、日番谷君の意見を取り入れて謹慎となった。有り難く思いたまえ。異存はあるか?」

「ありません」



表情に反省の色を浮かべない葵に東仙が大きく息を吐いたが、それ以上は何も言わなかった。



「檻神君も、この程度の処罰で満足か?」

「……はい」



うつ向いたままの殺那を確認すると、隊室に戻るように指示したが。



「……自分は水無月隊員を部屋まで監視して行きますので……」

「そうか、やはり君は正義の者だな。なら任せたよ。行こうか日番谷君」

「……ああ」



二人の隊長がいなくなるまでその場に立っていたが。
その姿が見えなくなると、葵が静かに言う。



「…殺那」

「…何ですか、葵様」

「あなたが苦しむことではありません」



怒りをこらえるために握っていた手の平は力をかけすぎて血が流れていた。
爪が食い込んだ痛みなど殺那には少しも感じない。
震える拳を止められずに、葵を見つめている。



「…なぜ…葵様がここまで耐えなければならないのですか…」

「耐えてなどいません」



それは知っている。
耐えると言う言葉は苦しみや悲しみを一身に背負い我慢することだ。
葵は自分自身にされる事には苦しみも悲しみも感じていない。

言いたいことを言ってはいないが、それは葵が言っても無駄だと判断した時だけだ。
それでも、自分の大切な人が理不尽にけなされている様を見ていて辛くない者はいない。





「…しかし、このままでは葵様が…」

「可哀想、ですか?」



きっぱりと言われて口をつぐんだ。
皮肉な言葉だった。
今の葵にこれほどぴったりでこれほど似つかわしくない言葉があるだろうか。

けれど葵は凛とした面持ちで殺那の赤い瞳を射るように見上げ、そして言った。



「私はですね、殺那。世界全ての人に哀れまれても同情されても蔑まれても虐げられても邪険にされても可哀想だね惨めだね助けてあげようかなんて言われても」



一度息を吐く。




「私の大切な人達が分かって下さっていれば良いんです」





その真っ直ぐな瞳に、貫かれたような気がした。
その透き通った声が、一体この小さな体のどこから湧き出るのか不思議だった。




「私の大切な人達が誰か分かりますか?」

「…市丸様と、松本様かと」

「それからあなたもです。もちろん七猫も空も零番隊の隊員達も、私を分かってくれています」




小さな可憐な君主は。
微笑んだ。





「これほど幸せなことがどこにあると言うのです?」





「…葵様…」



嗚呼、なぜこの人はこうまで美しいのだろう。
なぜ色のない瞳はこうまでも、強い光を発し続けられるのだろう。
例えその顔に表情が無くても、言葉の音色が変わらなくても。
自分はきっとこの人を美しいと思うだろう。



「そろそろ落ち着きましたか?」

「…俺を落ち着かせるためだったんですか」

「殺那はしっかり話さないと安心しませんからね」



まあ七猫や空は逆ですが、と付け足して共に廊下を進んだ。



「…これでも穏やかになった方ですが」

「そうですね。昔の殺那ならとうにあのお二人を灰にしていました」



出会った当時の殺那は良く刃向かっていた。
全ての隊の統率をとる零番隊の隊長が幼い葵と言うだけで、総隊長に食ってかかったほどだ。
結局公式試合のような事をして、葵にこてんぱんにされたのだけど。



「殺那、ここまでで良いですよ」



隊舎へ分かれる廊下で葵が言った。



「そろそろあなたも九番隊に戻った方が無難でしょうから」

「…分かりました。すぐにお着替え下さい」

「ええ、さすがに寒いです」



それでは、と踵を返して歩いていった。
その後ろ姿を見ながら、殺那は。
三日間と言えど謹慎になれば、乱菊やギンだけではなく自分の目すら届かないことを知っていた。

葵が到底そこらの嫌がらせに屈する性分ではないと嫌と言うほど分かっているし。
葵が気にするなと言うのならば、それを守る。



(……大丈夫だ、きっと)



こんな言葉を言い聞かせるまでもなく、自分が尊ぶ存在は、あまりに強靭で美しいのだから。
心配などしなくても、彼女の心は踏み荒らされたりはしないのだから。

もう、これ以上は。







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それがあなたの強さで 弱さ



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