それでも笑顔が似合わないかと言えばそうではなく、周りの目を引きつけるような、花のほころぶような笑顔だって卯ノ花は知っている。
けど、常日頃から彼女が言う『笑顔が大事』と言うモットーも、葵は心がけない。

彼女からそのモットーを聞くたび、葵はきまって不思議そうに首を傾げて。



「卯ノ花みたいにいつも笑ってる人は知ってるけど、あんまり良いものじゃない」



葵のそばにいる『いつも笑ってる人』を思い出して逆に卯ノ花が笑ってしまい、何回も話がそこで中断されている。
そんな折、はい、と荷物を葵に手渡した。



「これを十番隊第七席の花椿さんへ届けていただけませんか?」



急に事務的な敬語に戻る。
小さな仕事でも公私混同しないのが卯ノ花。
葵もそれを分かっていたから素直に荷物を受け取った。



「それでは失礼します」



一礼して去った葵へ穏やかに微笑んでいる自隊の隊長を見て、周りの隊員が口を開いた。



「卯ノ花隊長、水無月さんにだと敬語じゃないんですね。」

「ええ」

「どうしてです?」



するとふふ、と楽し気に笑って。



「昔、色々あったんですよ」



とだけ言った。




十番隊の第五席の部屋はすでに把握していたので、すぐにたどり着いた。
昼休みに自室にいる可能性は少ないが、ここしか行きそうな場所を知らない。
静かに部屋の扉を叩く。



「だれー?」



中からやや高めの声が返ってきた。



「十番隊第八席の水無月葵です。四番隊から……」

「どうぞ!入って入ってぇ!」

「…失礼します」



思わぬ歓迎を受けたことにも少しも躊躇わず、葵が部屋に入ると。
むせかえるような花の匂いがした。



「いらっしゃあい」

「……」



部屋の主の花椿 美花は、空恐ろしいほどの笑顔を葵へ投げ掛ける。
その可愛らしい、けど、どこか人工的な微笑みには見覚えがあった。
それでも、その事は口に出さなかった。

美花は葵の用件に応じるそぶりを見せず、部屋の真ん中まで引き入れた。



「ねぇ、葵ちゃんって言ったよねぇ」

「……はい」

「うんうん、それじゃあ私の事は知ってるよねぇ?」

「……はい、十番隊の第七席の花椿美香さんです」

「他にはぁ?」

「……すみません、不勉強で。それだけしか」

「……ふぅん」



手を後ろに組んでエヘ、と少し照れたように。



「……ちょっとウザい」

「……はい?」



突然明るい笑顔から発された似合わぬ言葉。
見るとその明るい笑顔もどこへやら、苛立たしげに葵を睨みつけている。
後ろで組まれていた手はいつの間にか前で組みなおされ、時々舌打ちが聞こえた。

瞬きの間の変貌に半ば感心していると。



「葵ちゃんってさ、王様二人必要だと思うぅ?」



今のどす黒い表面からは想像できないキンキン声で問う。
作り上げられたものだ。



(器用だな…)

「ちょっと、聞いてんのぉ?」

「…王様…ですか」

「そ。みーんなを操ってぇ、みーんなを支配してぇ、みーんなが命令を聞く王様。特に女王様かなぁ」



そう言って口の端を吊り上げて笑う。
酷く冷たい笑み。
どこか振り切れているような笑み。

何も本心など見せていないような、そんな顔。



「美花は王様、だけど女王様なんだよねぇ。だけどある日ぃー…女王様を傷つける邪魔で邪魔で無神経な女が来ましたぁー」



するとどこかのスイッチを入れたのか、目からポロポロ涙を流し始めた。
それを見て葵が少し目を見開いたので、涙を流しながらその口元を釣り上げる。
美花は知らない。
それがどれほど、どこまで。
渇望している人間がいるかということを。

そんなことに気づかず、グスッと涙をすすった。



「そこで美花は決意しましたぁー…その女を、邪魔者をやっつけます。美花にひれ伏して、謝罪するまで。その女はぁー…」



とてもとても近い距離に歩み寄る。
スッと左手を上げて、笑った。



「……あんただよぉ♪」



引き抜いた自分の斬魄刀を自分の左腕に突き刺した。
フェイクとして上げられた左腕へ視線を向けていた矢先だ。
一瞬にして刀が突き刺さった二の腕から血が溢れてくる。

そして自分をしっかり見ている葵へ、ニヤリと笑って。




「きゃああああああああああああっ!!」







瀞霊廷のどこまででも聞こえるように、甲高く叫んだ。
それを聞き取った隊長達が、その間違った演出をされた部屋まで駆け付けるのに。

時間はかからなかった。




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(その子はとても悲しい顔をしていた)



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