そう言えば以前、葵から「風音さんは市丸隊長が好きなんだそうですよ」ってめちゃくちゃ軽く教えられた。
正直葵はギンのことどう思ってんのかしら……。
「それより昨日総隊長からこの書類もらったときに読んじゃえば良かったのよ。あんたが葵葵言って話になんないから結局今日読んでんじゃないの」
「せやかてお前この苦しさ分からんやろ」
「どんな苦しさよ」
「葵が零番隊の副隊長さんに抱き上げられとるときにイラッときた」
「それ苦しいの?」
て言うかただの嫉妬じゃない。
ああ、ギンは今までにそんなものとは無縁だったから、分からないのね。
今まで葵の近くにいるのは私達だったし、葵も他の死神に近づいていかなかったから。
「ちょっとギン、想像して」
「何や」
「良いから葵が恋次と話してるとこ思い浮かべて」
「……浮かべたで」
「葵が私達にしか見せなかった笑顔を今恋次に見せた!」
「射殺せ神鎗」
「いきなり始解!?ちょっ、待ちなさい待ちなさい!」
「葵をそないな女の子に育てた覚えはあらへん!」
「私達育ててないわよギン。どちらかと言うと育てていただきました」
思ったより重症だった。
いや、それよりもスパイ生活のストレスがそろそろ限界なのかもしれないわ。
「それをお前は簡単に抱きつきよるし!」
「結局私にフるんじゃないのよ。良いでしょ、抱きついたって」
「良いわけないやろ!僕がどんだけ我慢しとるか!」
「だからって今更美花派のフリ止めるわけにもいかないのよ!」
「せやかて少しはこっちの身にもなれや!」
「……」
「……」
「……このへんにしとこか」
「……そうね。葵がいないから誰も止めてくれないわ」
「うん、これ以上やったら自分達じゃ止まれんようになる気がする」
「あー……私達も大人になったわね」
「この年でか。この年でやっとか」
「良いじゃないのいつ大人になったって。私は葵以上の大人になれる自信は無いわ」
「僕もないなあ」
まあ、葵のあの性格を大人っぽいで済ませられればの話なんだけど。
……でも今の性格が大人なら、葵は出会ったときから大人と言うことになるのね。
私とギンが出会って。
それから葵と出会った。
もしもギンや葵と出会わなかったらなんてことは考えない。
だってあまりにも哀しすぎるから。
そんなの、私の人生じゃないわ。
「……でも、本当に誰なのかしらね。ギンの偽物は」
「訳分からんよ」
「私も」
流魂街のとある町外れに、一つの廃墟があった。
巨大な鉄屑が山になり、スクラップ置き場と化している中に、今にも壊れそうなトタンの壁造りをどうにか保っている。
その屋根には、人が寝転んでいた。
人と言うよりは男で、男と言うよりは少年だった。
大男ほどの背丈もあるスクラップの山々が崩れてきそうなことなど少しも気にしていない様子で、悠々自適に日を浴びている。
コツン
鉄製の屋根に音が響いた。
自分以外の物音に、ネジでも落ちてきたのかと少年が寝転びながら首をひねると。
隠れた視界にソレが入ってきた。
コツン
コツン
少年の見せない驚愕をよそに、足音と判明した音は近付く。
寝転がったまま、彼は動かずに。
白い肌を。
風になびく柔らかな髪を。
色のない瞳を見つめた。
いつも隣にいた、忠犬のような副隊長を思い出す。
けれど今はそれもいない。
「久しぶりですね」
突然屋根の上に降り立った彼女は、見慣れた懐かしい無表情で少年に言った。
ようやく少年が体を起こすと、目を隠すほどに伸びた銀色の前髪が揺れる。
「…良くここ、分かったね。葵」
「あなたを拾った場所ですから。『犯人さん』」
隊員達を傷つけたのはあなたでしょう、と葵が告げると、少年はにんまりと笑った。
口の端を吊り上げながら、猫のように。
誰かにそっくりな銀髪を、誰かにそっくりに持っている少年を見つめて、ああ、と葵は呟いた。
「本当に久しぶりです―――七猫」
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あいつは隊長の飼い猫さ。銀色の猫だよ。
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