「そやつらを斬った犯人の名が隊員の一人から聞き出せたのじゃ」
「へぇ…誰やったん?」
「お前じゃ」
「……は?」
その声は乱菊のものだった。
「隊員の一人が正面から切りつけられた際に相手の特徴をしっかり覚えていての、そこから出たのがお前の名じゃ。乱心でもしたか?」
「……僕は覚えがあらへんよ」
「そ、そうよ。檻神とか言う元副隊長がやってくれたんじゃないの?」
「殺那ではありませんでした」
「でもどうしてギンがそんなことしなきゃ……」
そこまで言って乱菊は言葉を止めた。
元柳斎は知らないかもしれないが、日頃から九番隊の隊員は葵を決して良く扱ってはいない。
葵が虐げられた時のギンの水面下の怒りを、乱菊は誰よりも知っていた。
だけど乱菊が最初に怒って暴れだしてしまうため、それを鎮めるためにギンは努めて冷静を装っている。
まだ葵は暴走した乱菊を抑えることは出来ないから、いつもその役目が回るギンが一緒に怒り狂うことは許されない。
(だから、ギンはいつも静かだけど……)
本当は、もっともっと怒りたかったのかも知れない。
敵意を剥き出しにして身内を傷つけた者を殺してしまいたかったに違いない。
そしてギンにはそれが出来る力がある。
驚きはしたけれど、それが一番有り得るのだ。
「四番隊の書類を渡しておこう、これにその隊員の状態も載っておる。退室した後、お前ら自身で目を通すが良い」
と、葵はすでに持っている【四番隊負傷者報告書】を二人に渡した。
「儂は葵に話があるからの」
「……分かりました」
なかば空返事で乱菊が書類を受けとって立ち上がった。
ギンも同じように立ち上がったが、ふと。
「…なあ、総隊長さん。ここは絶対に誰も覗いとる人おらんの?」
「おるわけがなかろう」
「せやね。そんならええかな、葵ー」
「はい?」
と振り向いた彼女を。
ぎうっと自分の胸へ抱き寄せた。
ほとんど無理矢理立たされた形で、葵の体はしっかりとギンの腕の中にしまわれている。
きょとん、と当人がぱちくりしていると。
「何やってんのあんたはあああ!」
乱菊の鉄拳を葵を抱いたままヒョイと避けた。
「何って、ぎゅーしとるに決まってるやん。いやー隊内やと誰に見られるか分からんから全然出来へんもん」
「そりゃそうだけど!」
何だか甘えるようにしっかり葵を抱きしめるギン。
「大体お前はいつでも葵に抱きつけるし檻神とか言う元副隊長さんとかも葵抱きかかえとったし、何?僕はどうしたらええの?この訳の分からんモヤモヤどうしたらええの?」
「ギン、それは嫉妬と言う醜い感情よ。葵に伝染るからすぐに離れなさい」
「別に伝染りはしないと思いますが……市丸隊長?」
「何や?」
「……殺那は、嫌いですか?」
ギンの腕の中で、見上げながら葵がそう問う。
この構図にギンは弱い。
「……葵を一人占めせんかったら嫌いやない」
「じゃあそう言っておきますから、ね?」
結局葵が見せた困ったような微笑みに返す言葉がなくなり、ちゃんと乱菊と一緒に部屋を出て行った。
「……あいつは幾つになるのじゃ」
「……それを聞かないでください」
明らかにどう見ても乱菊とギンが年上なのは確かなのだけど。
普通大人の男と女の間に少女が座っていれば親子に見えるものなのだけど。
どう見ても小さな母親と大きな子供二人に見える。
「昔から、少し世話をしすぎたかもしれません……」
「あの甘えぶりではそうであろうな」
しつけに失敗したらしい。
「それで総隊長様、乱菊さんと市丸隊長を外させてまでの用件は」
「…うむ。お主、今はあまり良い状況ではないじゃろう」
「…いえ、」
「無用な弁解はいらぬ。お主ほどの者が頬に切り傷を入れていれば儂とて分かるのじゃ」
(……やっぱり……)
それを言われてはこれ以上弁解は出来ない。
さっき女子隊員にやられた刀の傷は治しようがないため、そのままこの部屋へやってきた。
ギンと乱菊に何か問われることは覚悟していたのだけど。
「しつけは失敗しとらんじゃろう。お主の顔を見たときからずっと、傷について問いただしたいようじゃったからの」
「……そう、ですね」
あからさまに視線が葵の頬に行っていた。
それでも、二人は何も聞かないでいてくれた。
「霊圧制御装置を僅かだが解除しよう。怪我を治すと良い」
「……ありがとうございます」
葵の首からかけている鍵型の首飾り。
それは通常の霊圧制御装置と比べたら優に十個など軽く超えるもの。
あまりに大き過ぎる力のため元柳斎が術式を解かなければ力を出すことは出来ない。
「お主が儂に敬語を使っておる時点で立場が逆転しておるがの」
「今は逆転しているのですよ」
それを聞いて、元柳斎がフッと笑った。
「…何かおかしいですか?」
「『今は』と、言ったのう」
「…………」
…どれだけの力を持っていてもやはり総隊長にはかなわない。
葵はそう思い苦笑した。
傷を治している時、元柳斎が切り出した。
「お主は、今回の犯人をどう思う?」
「……九番隊の、隊員達のですか?」
ズタズタにされた男隊員達。
ギンならやりかねないと、思いはするのだけど。
「儂が犯人に市丸の名を挙げた時、あまりに驚かなさすぎたからの。どこかで知っておったのだろう?」
その言葉に、葵は無言で頷いた。
手段までは言わなかったが。
(…藍染隊長に寄りかかった隙にくすねただなんて言ったら…)
泣かれる。
うん、やめようと一人心の中にとどめた葵だった。
「…この犯人が…市丸隊長だと言うのは…」
「報告間違いではないらしいの。しっかりと意識がある者に…とは言っても恐怖で錯乱気味じゃったが、そう言ったのじゃ」
隊長格が隊員、しかも他の隊の隊員を私事で傷つけたとあっては、何らかの形でギンへの弾圧は避けられないだろう。
「……まだ、他の隊長達は知らないのでしょうか」
「今は大丈夫じゃが……じきに隊員達が回復して復帰すれば、嫌でも回りの話題にはされるであろうな」
「…………」
攻撃を受けた張本人の証言。
恐怖で錯乱中。
犯人はギン。
(こちらに火の粉がかかるなら…仕方ないか…)
そっと治った頬を撫でた。
「…総隊長様、お願いがあります」
「何じゃ?」
「明日の午前中、休みをいただけませんか?」
いきなりの請願。
その言葉に、元柳斎は分からなさそうに聞き返した。
「それは、仕事をという意味かの?」
「はい」
すらりと座っている葵の目には何も見受けることが出来ない。
「…承知した。お主が言うのならばそうしよう。じゃが、何のために?」
「市丸隊長のためです」
今まで考えているように口元に当てていた人指し指を離す。
ぴしりとした正座のまま、顔色も表情も変えることなく、言った。
「本当の犯人に、心あたりがあるものですから」
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ああ、私がしつけを間違えたのはあの二人ではなかったんだ。
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