数十年前と何も変わらない。
かつて葵を補佐しながら零番隊をまとめていた者の意思は強い。



「全く……」



そう葵が無表情でため息をついた時、遠くから足音が聞こえた。
こちらへ近づいてきている。



「!」



耳の良い殺那がいち早く反応する。
一瞬で葵を抱き上げると、倉庫内の天井の梁にひとはねして跳び移った。



「……隊員が戻ってきたのかもしれませんね」

「はい、俺達と同じ九番隊の隊員だと誤魔化しが出来ませんので……やり過ごしましょう」



葵が痛めた背骨に負担がかからないよう抱き上げ、鋭い眼光で遥か下を見つめている。
息を潜めて隠れていると、倉庫の扉が開かれた。

葵は背骨の神経がやられたのか五感が鈍っているので、下に誰が来たのかは殺那しか見ることができない。



「隊員ではなく、もっと大きな霊圧を持った者達ですね。お知りあいは?」

「いえ、それはあまり……他に特徴は?」

「ええと……強気な金髪の女と妙ななまりの銀髪の男が口喧嘩をしていますね」

「物凄く知り合いです」



使い物にならなくなった耳をよーく澄ますと、微かながらにギャーギャーと聞こえてくる。



(…どこででも喧嘩するな…本当に)



それでも、聞きなれたその声が少しずつ体に染み入る。
ずっとこの声が聞きたかったように思えた。
そんな葵の視線を見て、何かを悟った殺那。



「…もし、ですが。あの方達が松本様と市丸様ですか?」

「良く分かりましたね」

「零番隊の頃にいつも葵様が話していましたから」



殺那は知っていた。
常に表情を変えず冷静に世界を生きている葵と言う自分の隊長が。
時折話した昔の二人の仲間のことを。
それを話しているときの葵の目が。

殺那にしか分からないほどだけれど、優しかった事を。



その時の目が、今下を見つめていた葵の目と同じような気がした。
五感が鈍っているから、遥か下の二人など見えるわけもないのに。



「あの人達は昔から仲が良いのか悪いのか分からないんです。下ろしてくれますか?」

「はい」



もう一度葵を抱き直すと梁から飛び降りた。



「よっ、と」

「「!」」



軽やかに着地した途端、言い争っていた二人の視線がこちらに向く。
そしてその目がみるみると開いていった。



「葵!」

「はい」

「「無事!?」」

「はい」

「「ってかコイツ誰!?」」

「………」

「……想像以上に元気な方々だったんですね、葵様」

「……そうですね」



コイツ扱いされながらも、ギンと乱菊のばっちりなコンビネーションを評価した殺那。
この二人の中に葵がいる図がどうしても想像出来ないらしい。


「葵…っ!あんたは心配かけてもおー!」

「すみません乱菊さん」



ぶわっと泣きながら抱き上げられている葵に抱きつこうとする乱菊に、ちょっと殺那が怯む。
ギンも安堵を表情に出し、葵へ突進せん勢いの乱菊の襟を掴んで止めていた。



「で、この子は何や?」

「はい。俺は元副隊長の檻神 殺那と申します。お見知りおきを」



副隊長?と二人の間に疑問符が浮かんだが、『零番隊』という存在を思い出して納得した。



「ああ、じゃあ葵を助けてくれたのね。私達も時々葵の昔話で零番隊の事は聞いていたから何となく分かるわ」

「せやなあ、けどこないに若いとは思わんかったわ」



明確ではないにしろ、乱菊やギンと葵にはどうしても幾らか年の差がある。
それに引き換え葵を抱いている殺那は、どう見ても本人と少ししか年が離れていない。

その時、乱菊が殺那の腕についている九番隊の腕章を見つけた。
今まで葵を探していた理由を思い出したらしい。



「あんた檜佐木知らない!?葵に何かやらかしそうだから探してんのよ!」

「アレですか?」



くいっと殺那があごで示した先には、倉庫の隅の鉄屑の山。
廃棄処分になった刀や鉄製の道具が一時的に運ばれる場所。

あろうことか、その下から。





「え……何アレ、山から足が一本出てるんだけど」





それらの鉄くずの下敷になる形で、死霸装を身につけた片足が見えていた。
かなり不気味だ。

けれど不気味などと言う神経とは何ら関わりを持っていないギンが近づいて、足を引っ張ると。












「………檜佐木君おったでー」

「「…………」」



葵がまた一つ、無表情でため息をついた。






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殺那…あなたって人は…



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