一体どこでアタシだって…」

「私はねぇ、葵との仲も長いけど次いでやちるとの仲も長いのよ…。そんなやちるの分かりやすい拒絶反応見逃すわけないでしょ!あんた化粧濃すぎ!やちるなんかあんたのせいで喘息起こしかけたんだからね!」

「しっ知らないわよそんな都合!何でアタシが周りに合わせて化粧しなきゃなんないのよ!……ってあんた、その時気づいてたんなら……」



そう。
わざわざカエルの池に落として千匹皮を剥がすこともなかった。



「女はカエルが嫌いって相場が決まってんのよ、私と葵以外はね!おらおらぁ!」

「キャー!!!」



近くにいたカエルをポイポイ投げつける乱菊。
ゲコーと投げられる哀れなカエル。
きっと葵がこの場にいたら「やめて下さい、カエルが可哀想です」と言って止めただろうけど。

そんなことを想像しながらすっかりカエルを投げ終わった。
良々はカエルにまみれて泣きじゃくりだしている。



「ふ…ふざけんじゃないわよ!アタシにこんなことしてどうなると思ってんの!!」

「うわ、泣いてマスカラが滝みたいに落ちてるキモッ!とは思うわね」

「うるさい!言っておくけどね、あんた今水無月がどうなってるか知ってる!?」

「…………何ですって?」



いきなり出てきた葵の名前に眉をひそめる。
それを見てフン、と鼻を鳴らした良々。



「あんたが私に気を取られてる間に、アタシの便利な男達が痛ぶってくれてんのよ!今頃倉庫辺りでボロボロじゃないの!?」

「!」



乱菊の顔色が変わった。
振り返りもせず池から走り出した。



「行ったって無駄よ!檜佐木君がアタシのために動いてくれてるんだからね!」



やっぱりもう一度振り返ってカエルを良々の口めがけて投げつけた。


















―――――――……


バキッ!

「ぐっ…」

ドスッ!

「ぅあ…っ」

ザクッ!

「かは…っ」



聞いているのも痛々しい声達が響いている。
けど、葵は殴られも蹴られもしていなかった。
音と声は寄りかかっている倉庫の壁一枚向こうから聞こえている。
何が起きているのか分からなかった。

顔が上げられないため足元しか見えない参入者は、刀を抜いてから何もしてこない。
その足が震えているように見えたのは視界にガタが来たからだろうか。



ポタッ



雫が一滴目の前に落ちた。
雨か、と痺れた頭で思ったが、ぽたりぽたりと落ちるそれは、目の前の地面しか濡らさない。
視界のあちこちが歪んでいる中で、その雫だけがやけに鮮明に見えて。



(雨じゃない…これ…)



あまりに見覚えがないので分からなかった。
遠くなった耳に、微かな嗚咽が漏れ聞こえてきて。

ああ、涙だと、分かった。


そう気づいた時、助っ人としてやってきた男がいきなり平伏した。



「申し訳ありません!」

「え…」



向こうが平伏した事で、足元しか見えていない葵の視界にもその全身が入った。
頭を地面に擦り付けるように下げ続けるその頬に、幾筋かの涙が見える。



(…誰…?)



葵が必死に目を瞬かせる間にも、尚も男は心から悔いるように声を絞り出している。



「誠に…申し訳ありません!」

「…………あな、たは……」

「俺はっ……」






「俺は葵様を…っ命に変えてもお守りすると誓いましたのに…っ!」








その一言で弾かれたように目を見開いた葵が見たものは。
黒い髪と。
かいま見えた赤い瞳。

『葵様』。

葵のことをその名称で呼ぶのは、たかだか十人もいないはず。
そして、ようやく上げた男の顔に。
どうしようもなく見覚えがあった。



黒い髪。

赤い瞳。

『葵様』。

整った顔と、懐かしさに溢れながらも涙を流すその人。





「葵様、俺のことをお忘れですか…」

「…いえ…覚えて、います…」



忘れるはずもない。
昔のように長い髪は残っていないけれど。
あの日、自分と長く短い時間を過ごしたあなたは。







「………殺、那………」






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もう私を そんな風に呼ばなくても良いのに



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