「じゃあ、差出人はやっぱり」
「ええ……流魂街に住む昔の隊員達からです」
指で持ち上げて静かに内容を読んでいる。
三羽全て読み終えると、小さく息を吐いた。
「何だって?」
「…私の行いが流魂街にも流れているようで、その心配の手紙でした。『許可を下さればいつでもそちらに駆けつけます』……と」
「あら、頼めばいいじゃない」
「もう隊員達は零番隊とは無関係ですし……」
地獄蝶も放してやると葵が少しだけ遠い目をした。
昔を思い出しているのだろうか。
「…乱菊さん、そろそろお昼休みも終わりますよ」
「あ、そうよね。でもこのたき火の始末、誰がやるの?」
「………」
ガリガリ…
パサパサ…
「…結局私達なのね」
「誰かがやらなきゃいけませんよ」
「そりゃそうだけど…まあきっと皆『やっぱり』って思ってただろうし」
竹箒でガリガリ掃いている乱菊と、ちりとりで葉を集めている葵。
気のせいだろうか。
いつも事務的に手早く仕事を終える葵の手つきが、少しのんびりしているように思えた。
いつも葵に急かされながら掃除をしている乱菊には分かる。
時間を稼ぐと言うには手際が良かったのだけれど、それでも普段よりずっとゆっくりしている。
何だか、この時間を慈しむように。
引き延ばしたいかのように。
それでもやがて、全ての落ち葉を集めて捨て終えた。
「はあー、どっと疲れたわ。もう急ぐ気力もないし、歩いて隊室戻りましょ」
「そうですね」
そうしてたき火場を後にした。
「そういや思い出した。風音ってどこかで聞いたことあると思ったら、花椿の仲間だったわ」
「そうだったんですか」
「そうよ。嗚呼もう、ペアで覚えておけば良かった」
並んで隊室までの外の道を歩いていたとき、不意に葵が呟いた。
「乱菊さんにお願いがあります」
そんな言葉は、葵にとって珍しい。
「何?」
「これから先、私に何が起こっても、自分のせいだと思わないでください」
「…どういう意味?」
「私がどんな目にあってもそれは私の責任です。乱菊さんには自分を責めないでいてほしいんです」
「……そう」
曖昧に頷いたけど、葵の言いたいことは何となく分かった。
葵の瞳の奥が、いつにもまして光っていることも。
「私は、葵に何が起きても私のせいだと思わなければ良いのね?」
「はい」
んー、と髪をかきあげる。
「難しいわねー……葵が大事だし、守りたいって思うもの。それが出来なかったら私は自分を責めるだろうし」
「でもこれは私の揉め事ですから」
「んー…まあ、葵が言うなら良いわ。これから私は私を責めない!……これで良いんでしょ?」
「はい、いつも前向きな乱菊さんでいて下さい」
「OK。ふふ、変な葵ね」
「そうですね」
やがて十番隊隊室についた。
お昼休み終了と同時刻。
「日番谷隊長ー、ただ今戻りましたー」
そう言いながらガラッと扉を開けると。
いくつもの目がこちらを見てきた。
どの隊員も皆入ってきた乱菊と葵を見つめ、微動だにしない。
「な…何よ?」
「松本」
不意に正面に立っている日番谷に呼ばれた。
「…隊長室に来い。水無月もだ」
「……はい」
異様な雰囲気に物怖じしながらも、葵と一緒に隊長室へ入る。
するとそこにいたのは、泣いている数人の女子隊員達。
(……何?)
乱菊がいぶかしげにその中心を見た。
一番大袈裟に泣いているのは、風音 良々。
それを見た瞬間、女子隊員達が日番谷に何を告げ口したのか分かった。
(何あの化粧女…わざわざ他の隊にまで私を責めに来たってわけ?)
一番考えられる事だけど、例えそうなっても乱菊は怖くなかった。
はっきりとした動機があるし、日番谷なら分かってくれると踏んでいた。
「…で、日番谷隊長。私達に用件とは?」
「正確にはお前じゃない、そっちの水無月の方だ」
懐から、一枚の書類を取り出して見せた。
「水無月 葵、お前を風音 良々に対する暴力行為につき九番隊への移動を命ずる」
乱菊の思考が一瞬停止した。
けれど本当に一瞬で。
次にはちゃんと口が開いていた。
「ちが…隊長!風音を殴ったのは私です!葵じゃありません!」
「松本……」
「そんな奴らの事なんて信じちゃ…!」
「もう良いんです松本副隊長!」
涙を拭いながら良々が声を上げた。
「は…」
「松本副隊長は水無月さんを止められなかったのに責任を感じて…っ、こんな風に水無月さんをかばってるんです」
「何言ってんのよ!本当は――」
本当は間逆なんだ。
葵は自分を止めた。
それでもこの体が止まらなかった。
(私が風音を殴ったのに、葵のせいにされた?そうよね、風音は花椿の仲間なんだから……)
嗚呼、なぜそこまで理解していながら、最後まで見通すことが出来なかったのだろう。
風音の名前と美花の関係を思い出した所で気づくべきだった。
いや、その時点ではもう遅かったのだろうけど。
(私は……利用されたのね)
だから手紙を燃やしてまで乱菊の怒りをあおった。
恐らく、その程度では葵は動じないと見抜かれていたのだろう。
気づいたときには遅すぎる。
自分の行いを悔やんで唇を噛み締めた時、微かな痛みに混じって葵の言葉が浮かんできた。
(これから先、私に何が起こっても、自分のせいだと思わないでください)
「……葵……」
隣に立つ美しい人形のような親友は、その表情をひとつも崩さず、オモチャのように泣き続ける良々を見つめていた。
その目に驚きは、何もない。
きっと乱菊が手をあげてしまったあの時から、こうなることを察していたのだろうと分かった。
葵との約束を、もうすでに、破ってしまいそうだった。
→Next
本当の涙と偽物の涙は、何が違うのだろう
← →
back