次の日も、葵の元にはあの死神達がやってきた。
乱菊とギンがいない時間は完璧に把握しているようだ。
「君と一緒にいる二人も虚が察知出来るようになったんだね」
「…………」
男の死神はなぜか昨日の事件を知っていた。
乱菊達が己で虚の気配を感じて逃げてきた日のことだ。
「言っただろう、強い霊圧は周りを巻き込む。その二人にも死神の素質はあったんだろうね。連れては行けないけど」
幾度となく繰り返される勧誘。
それでも葵は頑なに首を縦に振らない。
そんな様子を見続けていた男は、ぽつりと呟いた。
「…あの二人をいなくならせることも出来るんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、葵の体から膨大な霊力が飛び出した。
本人は無意識の内にやったことだが、不意討ちを受けた男の死神は低くうめいて簡単に押し潰された。
ハッ
それを見て葵が正気を取り戻す。
慌てて気持ちを落ち着けると周りの空気は軽くなったが、男は倒れたままだった。
「…気づかなかったわけではないのでしょう?」
この時初めて、不思議な服を着た女の死神が口を開いた。
静かで小さな声だった。
倒れた男に見向きもせずに言う。
「貴方のそれは制御できなければ人さえ殺す。隣にいたあの二人の子供も」
「…ギンと、乱菊も?」
死神はうなずく。
「虚を察知出来るようになってしまったのなら、貴方の力は十二分に影響を与えるだろうから」
「…私の『これ』は、何なのですか」
その問いに、女の死神は少しの間黙った後。
一言だけ答えた。
「……かなしいものよ」
そこで葵は全てを聞いた。
霊圧という言葉の意味も。
死神という存在の意義も。
自分という人間の異端さも。
あまりに大きすぎる世界で、小さな自分たち三人は息をしているのだということも。
「貴方が来なければ私達が二人を殺すだけ。貴方が来なければ貴方が二人を壊すだけ。あの二人は、家族なの?」
そう尋ねられて、小さく葵が微笑んだ。
今目の前にある問題なんてないように。
少しだけ幸せそうな笑顔。
儚い儚い微笑。
「…そうですね。家族、ですね」
そう、と女は言葉を返した。
「それなら答えは、決まっているでしょう」
――――――……
「うーん……」
いつものように食べ物を探しに来た私達は悩んでいた。
そろそろ新しい地区に範囲を広げたい。
けど、この間の虚との遭遇で少し怖じ気づいていた。
「右の地区に行くか左の地区に行くか……悩むわね」
「まあ僕らも虚の気配分かるようになったんやし、大丈夫やろ」
「でもあれ、まぐれだったりしない?本当はそんな力ありませんでしたーなんて結果で虚に食われたら間抜けすぎるわ」
散々悩んだ結果、運試しで決めることにした。
手頃な大きさの石を見つけて、地面に一本の線を書く。
「私がこの石を高く投げれば良いのね?」
「せや。石が線の左側に落ちたら左の地区に行けばええ。右は逆や」
「なるほど」
決まりが分かった所で遠投体勢に入る。
思いっきり体を伸ばして照準を太陽の近くに合わせた。
「行くわよ!
――うおりゃああ!!」
「あっぶな!」
振り切った腕がギンの顔を掠めたけど、見事に繰り出された石は太陽の向こうめがけて遠く遠く飛んでいって。
私達の視界から消えた。
「…あら?」
「おま、頭上に投げるもんぶっ飛ばしてどないすんねん!」
「いっいや私もそれは分かってたんだけど思いの外綺麗に決まりすぎて!」
「綺麗どころの話やないやろ…キラーン言うて消えてったで、石」
「あらー…」
しばらく石の消えていった方向を見つめて、横目でちらりとギンを見てみた。
どないすんねんって顔をしていた。
「…探しに行くで」
「え!マジ!?」
「大マジや。あんな速さで人に当たっとったら怪我ですまんわ」
そんなん葵も嫌がるやろ、と付け足したその言葉が本心だと言うのはすぐ分かった。
葵が嫌がるなら仕方ない。
ぎゃーぎゃー言いながら二人で走り出して、その石を見つけに行ったことで丸一日を費やすことになった。
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