その日、ギンと乱菊が少し遅く帰って来た。
葵が心配して食べ物が見つからなかったのかと尋ねると、どうやらそうではないらしかった。

大人から貰わないと手に入らないような食べ物さえ持っていたから。



「まあとりあえずご飯にしましょ。話はそれからそれから」

「そうですか?」



そしていつもより少し遅い食事をした後、葵の前に座っている乱菊が小さな紙を取り出した。
綺麗に二つに折られたそれ。




「これは?」

「私達、葵に手紙書いたの。紙屋のおじさんに文字も教えてもらったのよ」

「え……」



信じられないという顔でギンの方を見ると、肯定するようにうなずいた。
とてもゆっくり、静かに乱菊の手から手紙を受け取って、両手で持ち直す葵。


二人から何かをもらうのは初めてではなかったけれど、今自分にくれたこれは今までの物とはずいぶん重さが違う気がした。





壊れ物を扱うようにそっと折られた紙を開くと。

葵の口元が優しく笑った。






―#name4#へ
わたしたち ずっといっしょね―





文の下に書いてあるひらがなの名前を読まなくても分かる、元気な乱菊の文字。
不思議と笑顔になる彼女らしい文字だと思った。

その下には、乱菊よりも少し小さいけれど上手な形で。






―ぼくは#name4#のことが すきです―





この前教えた敬語をもう使えている。
間違いなくこれはギンの文字。

顔を上げると乱菊はにこにこ笑って、ギンは少し気恥ずかしそうに視線をそらしていた。



「すごく…すごく嬉しいです。わざわざ文字まで習って…」

「漢字はちょお無理やったけどな」

「どうせいつか覚えたかったからちょうど良かったしね」

「…ありがとうございます」



何度も短い文面を読んで、いい加減やめぇやと照れがピークに達したギンに止められてクスクス笑いながら手紙を畳んだ。

大切に大切に着物の薄い帯の間にしまう。




「葵、書かなかったけど、私も葵が大好きだからね!」

「はい。私もギンと乱菊が大好きです」



そう言った葵は多分、二人が今まで見た中で一番幸せそうな笑顔を浮かべていた。











――――――……


次の日、葵が手紙を喜んでくれた嬉しさが抜けきらない私は、いつも以上にはしゃぎながらギンと食べ物を探しに行った。
そのおかげでいつもは手が届かなかった木の実を跳んで採れたりもした。



「お前は少し落ち着けや」

「でもこのおかげでちょっと身体能力上がってんのよ?」



上機嫌に乗っかって、今までは入らなかった地区の方の木を見に行こうということになった。
けれど。



「…?」



背中に何か違和感を感じた。
隣の地区に入ろうとした、まさにその時だった。



「ねえギン、私の背中に何かした?」



隣にいるギンに尋ねても答える以前に身動き一つしない。
石にでもなったみたいに固まって、私はどうしようもなく不安になった。





「…ギン?」


「乱菊、お前…分かるん?」



小さく話すギンの横顔に、目を見開いてしまった。
ニッと口元を笑わせているギンの頬を冷や汗が伝っている。

こんなこと今までなかった、それに、このギンの笑顔は笑顔じゃない。






威嚇だ。






「…逃げるで!」

「!」



隣の地区の向こうの木に何か陽炎のような物が見えた瞬間、ギンの言葉で体が弾かれたように走り出した。

間違いない、虚だ。




走り去った遠い後方で小さい叫び声が聞こえる。
頭がぐるぐる回る中、どうにか住んでいる地区まで戻ってくることが出来た。
お互い何も話さなかったけど、これがどういうことなのかは分かっていた。



「ギン…あんたも違和感あったの?」

「…違和感なんてもんやあらへん」



ギンは、身体中を悪寒が駆け巡ったのだと言った。
私はほんの少し分かっただけだったのに、ギンはキツいくらい感じたって。

その内遠くから葵がパタパタと走ってきた。


虚の気配がしたから心配になって来たらしく顔が真っ青で、私達を見つけると心から安心したような表情になった。




「葵、私達虚の気配が分かったのよ」

「…え?」

「何かこう…ゾワッとして!ねえギン?」



そう促しても、ああと答えるだけ。

葵も少しの間固まっていたけれど、すぐに怪我が無くて良かったですと言葉を変えた。





後から分かった。

これはあっちゃいけないことだったんだって。



 



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