――東流魂街十二番地区
共同の屋外調理場で、煮えたぎる小鍋の前に立って考えごとをしている葵。
かなり真剣に悩んでいる。
(…今日のお味噌汁の具、何にしよう…)
悩み始めて十数分。
何だそんなことはと思ってはいけない。
ギンと乱菊に同じものを食べさせようとするのはきっと世界を平和にするのと同じくらい難しいことだ。
(好き嫌いが真逆なんだよなあ…)
片方の好きなものは片方の嫌いなもので、片方の嫌いなものは片方の好きなものという複雑さ。
二人の好き嫌いを表に纏めたらきっと密書の暗号文並になる。
それでも皆でなるべく同じ物を食べた方が経済的なので、何とか毎日やりくりしていた 。
月日が流れてからと言うものすっかり家事全般が葵の仕事となっていた。
住みかは地区を移動する度に変わるし、定住出来ても小さい小屋がせいぜいなので、家事といっても料理くらいなのだが、その料理が大変だ。
味噌汁の具で悩んでいてはおかずなど話にならない。
もういっそのこと果物でも入れてやろうかと近くにあった柿に手を伸ばした時。
遠くから騒がしい声が聞こえてきた。
「だーから違うってば!」
「うっさいわ!」
聞こえてきたのは案の定、元気な二人のもの。
行きも騒がしく帰りも騒がしい。
「葵、帰ったでー」
「ただいまーフキ見つけたわよ!あと魚!」
「お帰りなさい。あ、じゃあお味噌汁はそれにしましょうか」
「「魚?」」
「フキです」
つっこみを入れながら柿から手を遠ざけた。
命拾いをしたことには気づいていない二人。
「魚、たくさん捕れたんですね」
「頑張ればもっと捕れたじゃないギン 」
「命捨ててまで捕りたくないわ」
「良かったでしょ私の色仕掛け作戦」
「…………」
あえてどんなことをしてきたのかは聞かなかった。
虚が出ない限りは、この二人なら何があっても切り抜けてこられると自分に言い聞かせる。
年を重ねるごとに葵の虚への察知は物凄く敏感になったし、運なのか勘なのか分からないそれは更に研ぎ澄まされていった。
数度その強運さを見込まれて賭博場に連れていかれそうになった所を逃げてきたこともある。
「今日葵の隣で寝るの私ねー」
「お前!?」
「あんた昨日隣だったでしょうが、順番でしょ平等でしょ公平でしょ。良いわよねー、葵」
「はい 」
葵が小さく微笑みながら二人を見ていた。
帰る場所も家族もなかったけれど。
三人でいれば平気だった。
三人がいれば、それで全部が揃っていた。
――――――……
私達の周りに黒い着物を着た奴らがうろつくようになったのは何十回めかの春のこと。
今までも不審な大人が私達を付け狙う事は何度かあって、その全てが葵を狙ったものだった。
だからギンと二人で警戒していたんだけど。
「君、霊圧の素質があるよね。死神にならない?」
ふと声をかけてきた男が発したのは聞き慣れない言葉だった。
人身宿とか、芸者とか、そう言った単語なら理解出来たんだけど、死神が何かはよく分からない。
葵に至っては自分に向けられている言葉だとも気づいていないようだった。
「…霊圧って?」
だから代わりに私が聞いた。
いきなり声をかけてきた男の死神から守るように葵を背中に庇っていた。
「その子、虚のいる場所が分かったりしないかな?そういうのって霊圧を使うんだよ。死神になるのに凄く必要な物だ」
君は普通の人より多くあるよね?
男はそう言ったけれど、何の事かは良く分からなかった。
死神という存在なら周りの話や街中で二三度目にした覚えがある。
けれどもそれは私達とは全く別の世界の物で、そんなものがこれほど急接近していることに戸惑ってばかりだった。
現実味がなかった。
実際に葵が断ると男は簡単に帰って行ったから。
「はー、葵のあれ『霊圧』って奴だったのね」
「何やいきなりやったなあ。なあ葵?」
「……そうですね」
嵐は去ったように見えたけれど、私達もそう思っていたけれど。
きっともう葵の中にはこの時から嫌な予感はあったんだと思う。
それから何回も同じ男の死神がやって来て、追い払ってを繰り返した。
あの時気づくことが出来たら良かった。
いつも私達を出迎えてくれる葵の「お帰りなさい」が、ほんの時々、震えていたことに。
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