女子隊員に支えられ、ひっくとしゃくりを上げながら葵へその薄い箱を渡す。
「きちんとした終わりなので葵様に、何か、差し上げようってなって、それで…」
「…私にですか?」
はい、と鼻声で答える空へ苦笑しながら受け取った。
中を見る了承を得て箱を開けると、中に入っていたのは死霸装を縛る白い帯。
よく見ると様々な薄い青で模様が入っており、光の角度で色を変えた。
「おー、葵に似合いそうやなあ」
「本当。これすごく長持ちする生地よ」
「…良いんですか?」
葵が尋ねると、はいっと元気な声がいくつも返ってきた。
空も泣いた真っ赤な目で笑っている。
「本当に、とても綺麗ですね。ありがとうございます。大切にします」
「柄決めたの副隊長なんですよ」
「余計なことを言うな!」
「殺ちゃん顔赤いねー」
ゴンッッ
「たっ」
最後の最後まで鉄拳をくらい、別の意味で泣いた空。
最後の談笑。
自分の行き先を決めた順に総隊長へ言いに行くことになっていたので、十席からここを出ていくことにする。
そうでなければとてもこの場所からは動けなかったから。
「お世話になりました葵様。皆も元気でね」
「ええ」
「じゃーなー」
「ばいばい」
一人ずつ礼をして、または別れを述べて部屋を出ていく。
自分のこれからを決めていないものはいないようだった。
部屋の人数も残り少なくなってきたとき、ギンと乱菊も互いに見合ってその場からいなくなる。
残りは四人。
「次は七猫ですね」
「ん」
葵の横に座っていた七猫が立ち上がってしばらく黙った後、どうでもいいけどさ、と前置きして。
「…お前泣きすぎじゃね」
「ぅえ!?」
まさかの空へのダメ出し。
先ほどから葵に抱きついたままワンワン泣いていた空なので、そう言いたくなるのも分かるが。
「確かに空は枯れ果てんばかりの勢いですね」
「人の七割は水と言うが、お前はすでに五割近くくらいには減っていそうだな…」
「だ、だってすっごく悲しいんだもん!」
「別に悲しくねーじゃん」
「悲しいよ!もう皆と一緒に仕事出来ないし…」
そんな言葉を聞いて、心底分からなさそうに首をひねる。
「仕事なんてどこで何やっても同じ死神なんだから一緒じゃねーの。俺はよく分かんねーけど辞めない限り死神ってのは皆同じ塊みたいなもんなんだろ」
「…今までみたいに会えないよ?」
「前みたいにどこ行ったか分からなくなるわけじゃねーし」
泣く必要ないじゃん。
どこか力の抜けた口調で言った七猫に、空が目をぱちくりと瞬く。
何かがストンと体の中に落ちたのを感じた。
「思い出が多くて泣いてしまう時もあるんですよ、七猫」
「ふーん」
興味なさげにそう呟いて、葵の袖をくいくい引っ張った。
その意味を分かっているので二三度猫の頭を撫でる。
それを受け終わると、さっさと自分の毛布を引きずって部屋の扉まで歩いていった。
七猫の荷物はそれ一つだけだ。
「じゃーね、葵」
「ええ」
そう言ってするりと扉の隙間から抜け出ていく。
世にもあっさりな別れ方。
「あいつは全く未練ないんですね……」
「七猫はあれでいて悟っていますからね」
葵はもう自分たちを捨てない。
自分も捨てられることはない。
それならばどこにいても、何をしていても、本質は変わらない。
七猫はそれを誰よりも知っていたから、いつもと同じ別れ方でも何の問題もなかった。
七猫らしい、と葵は思う。
「次は空ですが…おや」
ふと隣を見ると、先ほどまで滝のようだった空の涙が止まっていた。
本人も驚いているらしい、
「何だか猫ちゃんの話を聞いたら…止まっちゃいました」
「悲しくなくなりました?」
「いいえ、悲しいのはそのままなんですが……でも、何だか軽くなりました」
「それはどこかで踏ん切りがついたからでしょうね」
七猫の言葉は空とは全くかけ離れたものだったけれど、それは現実で、そして優しい現実だった。
だからきっと簡単に頭の中に入って、すんなり受け入れられたのだろう。
今まで握っていた葵の隊長服を手放す。
「葵様……」
扉へ歩き出そうとするも、やはり目元は潤んでくる。
さっきまでの別れと悲しみの涙ではない。
これからこの部屋を出て全て一人で決めなければならない日が来るという、不安。
昔の一番隊にいた頃を嫌でも思い出してしまう時。
それほどこの零番隊は、温かな場所だった。
不安で不安で仕方ない、それを分かってしまうから、葵は空の手を両手で握った。
「空はとても良い子です。どこへ行っても、きっと上手くやれますよ」
「…本当に?」
「はい。私が保障します」
その言葉でまた溢れてきた涙を振り切って、空はニッコリと笑ってみせた。
葵が好きだと言った笑顔のまま。
「空、頑張ります!葵様もお元気で!」
「はい」
少し離れたところで大きく礼をして、そのまま扉へ走って出ていった。
かなり全力疾走なのかドタドタと大きな足音が遠ざかっていく。
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