久しぶりに誰も訪れていない寝床で、葵は静かに目を覚ました。
いつもと変わらない時間に起きたように思えたけれど、わずかながらに早かったことに気がついて今日という日が持つ大きさを思いだす。
静かに布団から起き上がり着衣を直すと、そっと外への障子を開いてみた。
咲いている花は少ないが雪はほとんど見えなくなっており、近くで雲雀が小さく鳴いた。
春はもうすぐそこまで来ている。
その日の零番隊は朝からせわしなかった。
復活を約束した一ヶ月目、それは零番隊の解散の日。
隊を無くすという大きな出来事は本来なら数日前から行うものなのだけれど、予想外に大虚や仕事が増えたために結局当日になってしまった。
「副隊長、備品は十三番隊に返却で良かったですかっ」
「ああそうだ。筆と硯は十三番隊、それ以外はもう少し待て」
「水無月隊長、最後の報告書は…」
「これとこれは十番隊で、これはもう必要ありません」
「空!七猫をいじっていないで四十六室へ行ってこい!」
「うわわわはーい!」
何せ様々な手続きと備品の運び出し、掃除を含めるとかなりの量をこなさなければならない。
自分の縄張りにうるさい七猫も、この日ばかりは大きな書類棚の上に非難していた。
もちろん人数が少ないので。
「おまっ…その段ボールまだ封すんな言われたやろ」
「あ、そうだっけ?ギンの数倍動いてるから忘れちゃうのよ」
「言うとくけどお前が封したやつ全部まだしたらあかんやつやで」
「もっと早く言いなさいっての!」
慌てて荷を解き始める乱菊の横でせっせと処分する零番隊宛の手紙を選り分けているギン。
この二人はもう自主的に手伝いに来ていた。
「すいませんお二人とも、手伝っていただいて」
「良いのよどうせ暇だし。ねえ?」
「せやせや」
楽しげに答えるギンを見て、確か吉良副隊長は死にかけていたなあ…と思い出す葵。
しかしもはや今更なので見てみぬ振りをする。
力になってくれていることは確かなのだし。
「ちょっと誰かー、また大虚出たってー!」
「えええ空気読めよ大虚!」
「今こっちは大虚より机運搬に命かけてんだよ!」
本来かなり大事である大虚もこの扱い。
タイムリミットがある忙しさは人を強くするのかも知れない、と葵は考えた。
「どうしましょう檻神副隊長」
「仕方ない、七猫。お前ちょっと行ってこい」
「めんどい」
「行・け!」
「…ちっ」
物凄く嫌そうに背の高い書類棚からひらりと葵の近くに下りた。
元より殺那の命令は聞かないのだ。
「葵、オレ行った方が良い?」
「そうですね。行ってくださると助かります」
「じゃあ行く」
「ありがとうございます」
頭を数回撫でると、もう上機嫌で朝から開けっ放しの窓を飛び出して行った。
「全くあいつは手間のかかる……」
「まあ行ってくれたのだから良いでしょう。私たちは私たちですね」
そう言って手元にある『解散に必要なことリスト』を見返す。
そのリストの多さに改めて息を吐く殺那に、葵が頑張りましょうと元気づけた。
細かな処理がいくらか片付いた昼時、四十六室帰りの空が大量の袋を抱えて帰還した。
「ただいまーお弁当買ってきたよー!」
「おおお女神だ…」
「輝いてみえます三席!」
到底いつものように食べに行っている時間がないため、隊員から祝福を持って迎えられる。
机が隅に寄せられたために出来た床に座り、少しだけ休憩を取った。
「はー…動いたわね」
「お前は段ボール開封しとっただけやろ」
「失礼ね、他にも色々やったわよ」
円を描いて座っている中で葵の左隣にはギンと乱菊。
右隣には大虚を倒し終えて帰ってきた七猫、空と殺那。
こうやって全員でお昼を食べるのは初めてだね、と隊員の誰かが呟いた。
「これだけドタバタしていると感傷にひたる暇がないな…」
「あははそうだよねー。でも空はこっちの方が楽しいから好きだな」
ニコニコしながら食べている空を見ながら、葵が弁当のかまぼこを狙っている七猫に抵抗せず分け与えた。
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