夢を見た。

しとしとしとしと。
外にいないと気づかないくらいの静かな雨の中、俺は屋根の上で街を眺めていた。
この世界は雨が降っていると灰色、晴れていると白色に見える。

それが建物の色に白が多いからなのかもしかしてこの雨が黒いからなのかは知らない。



多分俺はここで人を待ってるんだと思う。

多分、約束はしてないけど。






背後で小さな足音がした。
もうあの霊圧は閉じ込められたんだろう、少しも察知できない。



「七猫」

「……ん」



何で葵が俺の所に来るのかは知っていた。
零番隊が終わるだろうってことも、それが今日だってことも、四楓院が総隊長に呼び出されていたのがそのせいだろうってことも。

だけど俺は葵以外の声に呼ばれないことを皆知ってるから、俺に解散を伝えに来るのは葵しかいない。



振り返って見上げた葵の顔はいつもの無表情だったけど、目の色は全然違った。






「終わり?」

「そうですね」



終わりです、と呟く。
反抗する気も嫌がる気もなかった。
葵の近くにいられないのは嫌いだし、捨てられるのなんて大嫌いだ。
だけど、葵を困らせるのが一番嫌だ。

きっと俺がここで駄々をこねれば葵は困る。
その大好きな顔の目元を少しだけ下げて、小さく息を吐きながら俺の頭を撫でる。
他の奴らが誰も気づかない変化だとしても俺はそんな顔を葵にさせたくないから。



だから良い。
それなら俺を捨ててくれて良い。

出来るなら気まぐれなこの考えが変わらないうちに。



「……葵が言うなら、良いよ」

「…………」



屋根に座っている俺の前に葵がしゃがんだ。
そのせいで頭一つ分だけ俺より大きいけれど、小さく見上げると両腕を回して望んだ通り抱きしめてくれた。

葵は甘えたって怒らないし、頭だって撫でてくれるけど、めったに抱きしめてはくれない。
するのは俺が暴れだした時くらいと決まっていて、それ以外の時は片手の数も無いと思う。

一番最近でしてくれたのは今より少し前の散歩に出た春の日だ。





葵はなだらかな斜面のある草原に座っていて、俺は偶然通りかかった小鳥を追いかけるために少しその場を離れた。
本能のままに駆けていくといつの間にか街の方まで来てしまって、とある商店の屋根まで追い詰めた小鳥も羽ばたいていなくなったから戻ろうとした。

したけど、雑踏の中の聞き覚えのある声に少しだけ振り返ってしまった。





そこにいたのは家族、だったヒト。





向こうは数人、だけどまだ俺には気づかず笑ってた。
それだけで理由は十分だった。

動かさなくても勝手に走り出した足で葵のもとに帰ると、珍しく息を乱していた俺に何があったかを尋ねてきた。
話すつもりはなかったのに知らないうちにポツリポツリと話していたみたいだ。





頭の中はぐちゃぐちゃだったけど、葵がすぐに抱きしめてくれた。

何も言わなかったけど、ただそれだけで良かった。




だから今も、きっと同じだ。
もうこれだけで良いんだ。







「七猫…あなたを捨てます」

「……ん」



頭の奥にこびりつくその言葉を、多分葵は部下のほとんどに伝えたんだろう。
捨てるということで思いを断ち切らせることくらい、この性格ならきっとやれる。

けれど本当の、心底本当の意味で「捨てられる」のはきっと俺だ。

思いやりでも何でもなく言葉のままに捨てられるのは、葵に拾われた俺だけだ。





死ぬほど悲しいのに何でだろう、それが。

少しだけ嬉しかった。



 



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