その表情を見た途端、胸が悲鳴をあげて痛んだ。
喉の奥でこらえていたものが溢れ出しそうになる。
ああこの人は、本当は誰よりもこんな現実を作りたくないのだと、その時わかった。

それは本当に一瞬だけ葵様が見せた内情で、一度目を閉じるといつもの意思の通った瞳に戻っていた。




「殺那」

「はい」

「これで、終わりです」



ちゃらん、と葵様の首から下がった鍵が静かに揺れた。
総隊長が霊圧を抑える術式をかけたのだろう。
俺の感覚から葵様の霊圧が消えた。





「これで全部、終わりです。だから殺那、あなたを捨てます」

「……はい」





決めていた。
ずいぶん昔のことだが。



(殺那、もしも零番隊が解散する時は、私が捨てたと思って下さい)

(…捨てた、ですか?)

(はい。解散がどのような形で行われるかは分かりませんが、急を要する時だった場合は隊員達にきちんと説明もされないでしょう。その中で未練を持ってしまっている隊員がいたら、私が捨てたと言って下さい)

(…そうすれば気持ちは楽ですが、葵様が理不尽な恨みを買うことに…)

(いいんです、それで)



だからその時は、副隊長のあなたがお願いしますねと、この方は言った。
けれどそれはあまりに自分をかえりみない言葉で、あまりに隊員を思う言葉だった。



だからこそ俺は葵様の頼みを聞き入れて、その役目を担った。
まさかその役目が本当に来るとは、思っていなかったけど。







「さよならです殺那」

「…はい。お体にお気をつけください」

「ええ」



そうしていつもの職務の終わりのように、葵様は廊下を歩いていった。
俺が未練を残さないよう多くの言葉をかけることも出来ず。
隊長である自分が意思を弱めてはならない。

なぜこうまで茨の道を歩まれるのかと、ひき止めてしまいそうな口を抑えるために拳に力を込めた。


遠くなる背中の、もう後ろを歩くことは出来ない。
抱えきれないほどの力を一緒に背負う相手も、自分の力を理解してくれる相手も、もういない。

きちんとしたお別れを言わなければならないのに、それを言ってしまえば二度と出会えることはないのではないかと思ってしまって、結局何も言うことは出来なかった。


背中はすでに消えた。








(葵様のお側を離れる時が来ない限り、切りません)








ああそうだ、髪を切ろう。

ただ。


この涙を止めてから。


 



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