「…あんたと私って似てるの」



二人の間のわずかな地面の隙間に、飛んできた桜の花びらを並べていく。



「そうやって勝手に思い込んじゃう所も、暴走する所も、まあ、他にもウザいくらいあるけど…」



花びらを並べる作業をやめず、口も閉ざさない。
良々は静かにその弁明に似た言葉を聞いていた。



「私もあんたがいなくなった後にほとんど同じことをした。そしてもう…終わったわ。許されないことをした人にも許されたし、独りよがりだけどけじめはつけたつもり。だから、あんたが最後」



そう呟いて花びらと地面から指を離す。




「私が謝るのはあんたが最後よ」



そこには並べられた桜の花びらで文字が書かれていた。







『ごめんね』







目を見開いてそれを見つめる良々と、反対に今度は自分がうつむく美花。
本当は知っていた。
葵が自分を良々の元へ行かせた本当の理由。
零番隊の隊員にでも頼めば済みそうなおつかいを、自分にやらせた理由。

きっと、このためだったんだろう。





「美花」





不意に呼ばれて顔を上げると、良々が地面の上の文字をぐしゃぐしゃと崩していた。
そうして出来た花びらの山をもう一度並べ直して、今度は美花の向きへ全く同じ言葉を書いた。




「おあいこにしよ」

「……そうね」



そこで初めて、二人が同時に笑う。
その表情を見届けて、美花が風呂敷を全て良々に預けながら立ち上がった。



「…美花、もう終わったって言ったでしょ」

「言ったけど?」

「これから…あんたはどうするの?」



歩きだそうとしている美花を見上げながら聞いたそれに、本人は思いの外迷わずに告げた。
少しだけ遠くを見つめながら。



「私は…死神を辞める。と言うより、辞めてきた所って言った方が正しい。死神を正式に辞めることなんて出来ないから、無期休廷みたいなものだと思うけど」

「……辞めるの?」

「これ以上あの場にいて混乱起こすわけにいかないし、一応葵とも話したから。私を受け入れてくれる家族も、今はいるの。そこへ帰って、また何かするわ」



そのどこか寂しくも強い眼差しに、ようやく良々がその場から立ち上がった。
美花から受け取った全てのものを抱えて。


もう涙はこぼれていなかった。




この場所は、木を挟んだ一本道。





「私はこの先を進んで流魂街に行くわ」

「アタシは…瀞霊廷に行く」



そう、とどちらともなしに呟いて。
小さく右手を上げた。

それからはお互い振り返らずに美花はこの先の道を、良々は美花が歩いてきた道を進み始める。





真逆に進んでいく二人の間にある木の下で、残った桜の文字だけが静かに揺れていた。













――零番隊隊室


昼時のこの時間、珍しいことに隊室に残っているのは葵と七猫だけだった。
休憩時間と言うことと各々の都合、そしてギンと乱菊に仕事があると言う奇跡に近い出来事が加わって、一人と一匹がこの雰囲気を満喫していた。



「…静か」

「そうですね。七八九席が仕事を終えましたから、午前は少し賑やかでしたし」



だから心置きなく寝て良いですよ、と言われても、あまり無い葵との二人きりに眠るのが惜しい七猫。
休憩時間なのに書類に目を通している葵の姿を見上げながら、毛布に身を預けていた。

そしてその内、おもむろに。






「もう、終わるの?」





そう尋ねた。
終わると言えば、思い付くことは一つ。



「ええ、零番隊もあと少しです」



机に置かれた小さな暦を見ると、すでに月末にさしかかっている。
残りの日数を数えている隊員も少なくない。
もちろんそれには空も含まれているのだけど。

一ヶ月で終わらせると総隊長に提言していた問題はすでに解決したので、終わりを伸ばす理由もない。
それを聞いて体を丸め込んだ七猫に気づき、どこか答えを違えたような気がした葵。

もう終わるの、と聞いたからには他の終わりがあるはずだ、と思案を巡らせて。
ようやく気がつく。





「七猫」



名を呼ばれて無意識にぴくっと体が動いた。
そんな姿を静かに見下ろして、ゆっくり告げた。



「捨てませんよ」



それを聞いてわずかに顔が上がる。
本当?とでも聞きたげな仕草だ。
きっと不安を感じていたのだろう、零番隊の終わりと同時に自分の繋がりも終わってしまうのではないかと。

また以前の解散の時のように、離れることを余儀なくされるのではないかと。



けれど、返ってきた葵の声も表情も、ずっとずっと優しいものだった。





「もう、捨てたりしません」



その言葉と声を何度も頭の中で繰り返して、口の端を少しだけ釣り上げた。




「そう」



それだけ、けれどとても嬉しさと満足に満ちた声で呟いて、また毛布の上で丸まった。

開け放した隊室の窓枠から、風に乗った桜の花びらが数枚、そっと机の上に舞い込んだ。






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