休廷扱いされている自分を特例で復帰を許可すること。
これは通廷証として認められること。

頭の中に入ってくるのは信じられない事実ばかり。




「それ、零番隊の隊長でも総隊長に頼み込まないと貰えない代物らしいわよ。これを届けるよう言われて来たの」



だからさっさと死霸装を着てー…と言いかけて良々をちらりと見た美花の口が、止まった。
良々の体が震えている。
せっかくの勅命状を握りしめながら。






「…う…ひっく…」

「……あんた何?泣いてんの?」

「ひっ…」

「え、死神に戻るの嫌?嫌なら別に良いって言ってたけど…」



そんな美花の言葉を遮るように、良々が大きく首を横に振る。
しばらく嗚咽が止むのを待ってどうにか言葉を発した。



「違、うの…えぐっ、違う…怖かっ、た…」

「怖い?」

「あれから、何度も夢に…瀞霊廷にいた頃とか、友達がいたときとか…っ。松本が死んじゃったかどうかとか、ずっと、ずっと、そればっかりで…!」



堰を切ったようにぼろぼろと涙を流し続ける。
今まで意地や色々なもので堪えていたのだろう、ずっと抱えていた不安が溢れだしてきた。

その気持ちなら美花も分かる。
葵を傷つけ続けていた時の恐怖にも似た不安。
それが全て受け入れられた時の泣きたくなる気持ち。

ああ今目の前にいる存在は安心して、それでもまだどこか心の中に不安を残して泣いているのだと、すぐに理解することが出来た。







「本当は最初から最後まで怖かったの…市丸隊長が好きでもどうしたら良いか全然分かん、ないし。水無月はいつまでも倒れないし、どこにも逃げるとこ、無くなるし。もう絶対あそこに戻れないんだって思って、でも、思わないようにしてたから…っ」



終わりの方は嗚咽で隠れてうまく話せていなかった。
勅命状を濡らさないようにと必死ですすけた服の袖で涙を拭う。
そんな姿を見て、美花は静かに告げた。








「あんたはこれを着て、化粧をしないで瀞霊廷へ戻るの。あんたのその素顔知ってるのは一部の隊長だけだから口止めがきくらしいわ。そうすれば最初からやり直すことが出来る」



名前は変えることになるけれど、と呟いた美花の言葉に良々は呆然と見上げていたが、やがて、小さくうなずいた。
それはきっと本人にしか分からないような小さな肯定。



代償。
何か壊してしまったものを取り戻すならばそれは絶対に必要こと。
壊したのが自分なら、尚更。

良々の中にはその覚悟が生まれ始めていたけれど、それは別の意味の死刑を宣告することに近い。
今まで纏っていた化粧と言う鎧はもう付けられないのだから。




「…………」



また死霸装を握りながらうつむいた良々へ、美花は思い出したように声を出した。



「…私ねえ、今日あんたに会ってからずっと不思議に思ってたんだけど。何であんなに化粧してたの?」

「…え?」



聞き返した良々よりもずっと不思議そうな顔で、まるで分からないと言うように首をひねる。





「だってあんた、普通の顔じゃない」





普通。
その部分だけが頭の中で反復した。
聞き慣れない、そして、心のどこかで実は無性に欲しくて仕方がなかった言葉。



「う、嘘だ。だって私の顔はー…」

「あんたが誰に何言われたかは知らないけど、私にとっては普通の顔よ。あんな化粧がいらないくらいには」




そう、化粧をしていたときのようなパーツはないけれど、それが美しくないと言う理由にはならない。
良々はずっとそれを、勘違いしていたのだろう。
がむしゃらに隠し続けながら。






「…あ、あは…」



思わずこぼれた笑い声と共に、またぽろりと涙が落ちた。



「何だ、アタシ…もう本当、馬鹿みたい…」



自嘲気味だけれど、それでも何とか心から笑いながら泣き出した時、美花は初めて持っていた手拭いを渡した。
良々の手によってそれはしっかりと役目を果たす。





「市丸隊長の時だって、勝手に裏切られたような気になって、向こうはアタシのこと、知らなくて当たり前、なのにさ…あはは」

「好きだったんでしょ」

「……う、ん」

「なら間違えるもんよ」



私もそうだったから、と花も葉もないはずの木を見上げながら呟いく。
なぜか赤い椿の残思が見えたような気がした。
けれど不意に吹いた春先の暖かい風が運んできたのは、どこからとも知れない桜の花びらだった。

次々と舞ってくるそれをいくつか手に乗せて、美花は何ともなしにしゃがみこみ、良々と視線を合わせる。


 



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