「それならあなた方は私に許しを求める必要も、美花さんを責める権利もありません。お引き取り下さい」



完膚なきまでに宣告された隊員達は皆バツの悪そうな顔をして去っていった。
受け入れもしない、突き放しもしない、結局それが自分と一番向かい合うからきっと何よりも辛い。
それは私が身を持って知っている。

全員がいなくなったのを確認した葵が私の目の前にやってきた。
絞められていた首の痺れはもうだいぶ鈍っていた。





「けじめを、つけたんですね」

「こんなのでけじめって言うんならね…。笑っちゃうけど、私は、私はさ……」



堪えていた涙が情けないくらいに簡単にこぼれた。




「…あんたの様になりたかっただけなのに…」








一旦流れ出したそれは止まらなくて、私はしゃがみ込んだまま何度も袖で涙をぬぐった。
自分から遠くへ行っておいて何を言っているんだろうと嫌悪感だけが充満する。

それでもなりたかった。
こんな強い存在になりたかった。
こんな綺麗な存在になりたかった。

だけど葵は、そんな私に小さく告げる。



「あなたは私にはなれません。何をしても、一生かかっても、私にはなれないでしょう。私があなたになれないように」



その言葉に顔を上げて見つめた葵の姿形は。
どことなく、哀しそうだった。






「私がどんなに願ってもあなたにはなれません。私は私だけで美花さんは美花さんだけですから」

「…私になりたいなんて思うの?」



思わず尋ねると、思いますよ、と返事が返ってきた。



「だってそんなにたくさんの表情を持っているじゃないですか」



その時私は、なぜ今まで無表情だったはずの葵がこんなに寂しそうに見えたのか、分かった気がした。
笑わないんじゃなくて、笑えなくて。
泣かないんじゃなくて、泣けなくて。

こんなにも人に思いを伝えたいのに。

それは叶わない。




だからこの存在と言うものはこんなにも綺麗で悲しいんだと。










「美花さん、最後に一つだけおつかいを頼んでも良いですか」

「…おつかい?」

「はい。総隊長に頼んでいたものがようやくいただけたので」



そう言って葵は懐から取り出した『それ』を私に手渡した。





「…これ、は…」

「とても必要なおつかいだと思います。だからお願いしますね」



明日の昼にでも、と言う葵の顔を、私は今一度物珍し気に見つめることになった。











――――――……


美花と別れて隊室へ戻る途中、懐かしい姿と出くわした。
思わず立ち止まると、向こうも自分を探していたようで、「よう」と手を上げる。



「日番谷隊長、お久しぶりです」

「お前もな。全く松本が零番隊に入り浸るから、俺が全然そっちに行けねえじゃねえか」

「それはすみません……」



お前のせいじゃねえよ、と軽く笑った。
この頃よく見られた、眉間に寄った皺が今日はない。
とは言え、晴れ晴れとした笑顔とは程遠かった。





「……花椿から全て聞いた」

「全て、ですか」

「ああ」



下がりそうな顔を引き上げ、こちらを見つめている葵へ視線を合わせた。



「すまなかったな、お前達が一番大変な時に力になれなくて」

「日番谷隊長はいつでも陰から力になってくれたじゃないですか」

「……お前の隊長としては何もしてやれてねえよ。移隊させちまったから責任を問われるのも東仙だ。松本の事も……」



そこで言葉を区切る。
その先に何を言おうとしていたのかは察する事が出来た。
乱菊が良々に斬りつけられた時、誰よりも早く駆け寄ってきたのは日番谷だった。



「……俺は何も、出来ちゃいねえよ。花椿が抱えてたもんも分かってやれなかった」



唇を噛み締めた日番谷へ少しだけ近づく葵。



「……美花さんを言及しないでいてくれますか」

「出来るかよ。花椿がああなったのも、一人で抱え込みすぎたからだろ。そんなもん俺の責任じゃなきゃ何だってんだ。松本にもこれから詫びに行く」

「ですが、隊内で分裂した時に隊長と副隊長が片方ずつに味方になるのも、十番隊らしいですよ」

「はは、そう言ってもらえりゃ少しは楽になるけどな」



恐らく、どちらの言い分が正しいのかはほとんど最初に気づいていたのだろう。
しかし、渦中にいるのはどちらも十番隊の隊員。
分かっていてもどちらかだけの味方をする事は許されなかった。





「安心しました」

「…安心?」



小さな風になびく葵の後ろ髪を見て、一瞬どんな表情をしているのかと思案がめぐった。
それでもきっと、彼女の顔には何も浮かんではいないのだろう。



「乱菊さんは日番谷隊長をとても慕っています。だから、こんな事が起きている間でも二人の仲が違わなくて、安心しました」





彼女の想いが行き止まりにならないことに。
彼女の尊敬が正しかったと言うことに。



「……正直あいつに謝るのが何より怖いぜ?どんだけ吹っ掛けられるか」

「お団子、十個はおごらされるのを覚悟した方が良いですよ」

「…それぐらいは仕方ねえか。だからと言ってサボりは認めねえけどな」





じゃあな、と手を上げる日番谷に一度お辞儀をして、葵も歩き出した。
それを見届けた日番谷も踵を返して去っていった。

隊室へ戻ればきっとあの乱菊と空に質問責めに合うのだろうなと思うと、少しだけ頬が緩んだ。



冬の終わりの日だった。







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元に戻り始めた時間



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