少し時間が経ったので抽出を抱えて隊室に戻った。
ガコッと抽出を机の元の位置に戻して、出しておいた本来の中身を入れようと荷物置き場を見ると。

何もなかった。
本当に何も。



(…置いた、はず)



中にカエルの死体を入れられたと気づいたとき、机を洗うために元から入っていた筆や用具を後ろの荷物置き場に移し出したはず。
それらが見事なほどに消えている。
近くから聞こえてきたクスクス笑いで、何をされたのかは察しがついた。

初めて悲しさを感じた。



(…乱菊が…心配してしまうのに…)



自分に対してではない。
自分へ悲しみなどは感じない。
被害者ぶるつもりもない。
ただ、自分の近くにいてくれる人への悲しみをこの上なく感じた。
この誤解を解くのなら、それは周りにいてくれる人のためだろう。

しょうがなく私物だった物は諦め、隊の公共用の筆や紙を使った。
自分の机のそばのゴミ箱に捨てられているであろう消えた机の中身は、気が向いたら回収すればいい。
それでも。

恐らく犯行を一部始終見ていただろう日番谷の下にいる乱菊。
自分のことを心配しなければいけない乱菊。
彼女のことを思うと、ただ悲しかった。

乱菊が副隊長に任命されたときのことはよく覚えている。




(葵!私十番隊の副隊長になったのよ!)

(はー…日番谷君のとこやん。行きたい言うてたもんなあ)

(もう巡り合わせとしか言えないわね。ねっ、葵)

(そうですね、おめでとうございます)



あの時は葵も微笑んでいた。
自分の事のように嬉しかった。
乱菊が実は日番谷を尊敬していることを知っていたから。

だから、十番隊の副隊長になって喜ぶ乱菊を見た時は、本当に幸せだった。
日番谷の立ち位置も理解しているつもりだ。
最年少と言われながらも、本当によく周りを見ている。
ほとんどの隊長が居合わせたあの場で、自分だけが声を荒らげて違う意見を言えばどうなるか、誰でも想像にかたくない。
いくら自分の部下と言えど、実際の現場は誰も見ていないのだ。

今はどちらにも付くことが出来ないだろう。



(…これ以上は、駄目かな)



葵は自ら発言をしない。
それでも葵が心の中で確信したことは、決して外れることがなかった。
大丈夫だと確信すれば大丈夫になり、駄目だと確信すれば駄目になった。
だから自分の心に確かな予想が生まれた時は、すぐに手を打たなければならない。

そしてそれを誰にも悟られることなく、押し付けられた仕事をやり始めた。







「あーもう何よぉあの女ぁ!」



絶対に人が来ない自室で美花が叫んだ。
その近くには、



「水無月でしょ?ほんっとウザいよねー」



美花の本性を唯一知る人物、風音良々の姿。
顔に自信がなく化粧で保っている良々は極々少数の正直者及び正しい目を持った隊員に『ケバい』と言われているが、それ以外には美花同様、懇意にしている男性隊員が多い。



「てゆーかどうすんの?美花、結構水無月に対してソフト目じゃない?」

「甘々もいいとこぉ、もっと派手にイジメてくれんのかと思ってたのにさぁ。藍染隊長ももっと『死ね消えろ』くらい言ってくれるかと思ったのにぃ、何が『話にならない』よぉ!本当つっかえない!」

「吉良も吉良だって。あそこで叩いたのに根性ないひっぱたき方でさ」



裏庭の一部始終を見ていた良々が鼻で笑った。



「良々は市丸隊長狙ってんじゃん?なら美花みたいに何かしないとぉ」

「うん……それならね、良い手があるんだけどー」



ニヤリと良々が笑った。



「何それぇ…面白そうなことぉ?」

「多分ね。水無月の仲間の松本にもダメージ与えられそう」



ニヤリと美花も笑った。



「なら良いじゃぁん?市丸隊長が美花の味方でいてくれる内にさっさとしなねぇ」

「そうね、誰よりも先にアンタから水無月を遠ざけてくれたもんね。でも分かってる?ギンは…」

「分かってるってぇ、市丸隊長は良々にあげますぅ。だからさっさとその悪ぅい考えを実行しちゃって下さい」

「もちろん。すぐにでもね…」









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もう私はこうするしかありませんね 



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